第39話 那須へ
那須の山道は、思っていた以上に静まり返っていた。
「この先、立入禁止になってるはずなんだけどな」
車を降りた悠人が、規制線の張られた道を見やりながら呟いた。
「表向きは、地質調査中ってことになってるみたいだ。数年前に、殺生石が割れた事件があっただろ。あれ以来、周辺の立入規制が、妙に厳しくなってる」
「石が、割れた……」
陸は、その話を、白澤から聞いていた。表向きはただの自然現象、あるいは風化として処理されたその出来事が、実はこの物語の、大きな伏線だったとは。
「気をつけて。この先、多分、普通の人間なら、近づくだけで具合悪くなる」
巡が、緊張した面持ちで、山の奥を見つめた。
「めぐも、あんまり気持ちよくない」
「無理するなよ、めぐ」
「平気。陸のそばにいる」
その言葉に、陸は小さく頷いた。
規制線をくぐり、四人は、山道を進んでいく。次第に、空気が変わっていくのを、陸は肌で感じていた。
重く、粘つくような気配。まるで、大気そのものが、何かに"あてられて"いるような感覚だった。
「玲、大丈夫か」
「……ああ。むしろ、体が、軽くなっていくような感覚がある」
玲の答えに、陸は思わず振り返った。玲の瞳は、これまでよりも、はっきりとした金色を帯びていた。
「近づいてる、証拠だな」
「みたいだ」
しばらく進むと、開けた場所に出た。そこに、それはあった。
――大きく罅割れた岩。その中心、まるで宝石のように、禍々しい光を放つ、小さな勾玉が、剥き出しになっていた。
「あれが……」
「本体――勾玉が、剥き出しになってる。あの石は、元々、それを抑える蓋のようなものだったのかもな」
陸の呟きに、悠人が、深刻な顔で頷いた。
「近づくだけで、やばい気がする。俺と巡は、ここまでにしといた方がよさそうだ」
「悪いな」
「気にすんな。……その代わり、絶対、無事に戻ってこいよ」
悠人は、そう言うと、少し離れた岩陰に、巡と共に身を潜めた。
陸と玲、二人だけが、勾玉へと向かって、足を進めていく。
「陸」
「なんだ」
「ここまで来て、思うんだが」
玲は、少し困ったような、それでいてどこか穏やかな顔で、陸を見た。
「俺たちは、本当に、兄弟なんだな」
その言葉に、陸は、小さく笑った。
「今更、何言ってんだ」
「悪い。……ただ、実感が、追いついてなかった」
二人は、しばらく無言で、勾玉に向かって歩き続けた。
その時――背後から、聞き覚えのある声が響いた。
「随分と、仲がいいことだ」
振り返ると、そこには、変貌したままの姿の讓治が、静かに佇んでいた。
「父上……!」
「玲、こちらへ来い」
讓治の声は、これまでになく、冷たかった。
「お前も、我が息子。今更、あの分家の小僧と、肩を並べる必要はない」
その言葉に、玲の表情が、はっきりと強張った。
(第40話へ続く)




