第37話 目覚める気配
里に戻った陸は、その夜、母屋の叢雲の前に座っていた。
「第八が、応えました」
その一言に、叢雲は、大きく目を見開いた。
「……本当か」
「完全に、ではありません。でも、確かに、声を聞きました。俺を、守ろうとしてくれた」
叢雲は、しばらく言葉を失っていた。長い沈黙の後、震える声で、静かに呟いた。
「そうか……お前になら、応えたか」
その声には、安堵と、同時に、深い痛みが滲んでいた。
「父上」
陸は、まっすぐに叢雲を見た。
「第八は、あなたを恨んでなんかいない。むしろ……ずっと、あなたのことを、考え続けていたんだと思います」
叢雲は、目を伏せた。その肩が、微かに震えているのが見えた。
「俺は、ずっと……あいつに、見限られたんだと思っていた」
「違います。あいつは、あなたを苦しめたくなくて、離れたんだと思います」
その言葉に、叢雲は、しばらく何も言えずにいた。やがて、絞り出すように、静かに呟いた。
「……そうか」
それだけで、多くを語らない父にとっては、十分すぎるほどの言葉だった。
同じ夜、遠く離れた場所で、一人の少女が、夜空を見上げていた。
制服姿の彼女――今、玉藻が宿っている体は、いつものように、無邪気な笑顔を浮かべていた。だが、その瞳の奥には、これまでにない、静かな決意が宿っていた。
「そろそろ、じゃな」
誰に言うでもなく、玉藻は、そう呟いた。
千年の時を、自由気ままに生きてきた。だが、息子たちが、真実に近づき始めた今、彼女もまた、一つの区切りをつける時が来たことを、感じ取っていた。
「あの子らに、会いに行くとするかの」
玉藻は、静かに、しかし確かな足取りで、歩き始めた。その向かう先は、千年前、彼女自身の"死"が刻まれた場所――殺生石だった。
その気配の変化を、白澤は、真っ先に感じ取っていた。
『……なんじゃ、これは』
自身のシステムの奥、これまで固く閉ざされていた領域が、静かに緩み始めるのを、白澤は確かに感じていた。
『まさか……玉藻が、動いたのか』
驚きと共に、白澤の中で、これまで語ることのできなかった多くの言葉が、少しずつ、輪郭を取り戻していく。
『陸……うぬに、伝えねばならんことが、山ほどある』
その呟きは、まだ誰にも届かないまま、静かな夜の中に、溶けていった。
(第38話へ続く)




