第33話 同じ夜を見た二人
その夜、陸は自室で、一人まんじりともせず過ごしていた。
父の告白。玉藻という母の名。争奪戦。そして、まだ語られない結末。
「兄弟、なのか……」
口に出してみると、その言葉は、想像していたよりずっと、重く胸に響いた。
障子の向こう、廊下から、小さな足音が近づいてくる。
「陸、まだ起きてる?」
巡だった。陸が障子を開けると、巡は少し緊張した面持ちで、部屋に入ってきた。
「めぐ、どうした」
「思い出した」
その一言に、陸は息を呑んだ。
「全部、じゃないけど……。あの子と、陸と、めぐの三人で。危ないところを助けてもらって、それで──金平糖を、分けてもらった」
巡の瞳が、次第に潤んでいく。
「あの子が、くれたの。三人で、それを分けて食べて。それで、めぐの力が、初めてちゃんと働いた」
陸は、言葉を失った。これまで、なぜ里で「金平糖を分け合うと縁起がいい」と、当たり前のように伝えられてきたのか、その理由の欠片さえ、考えたことがなかった。
「それって……」
「うん。あの日が、始まりだったんだと思う」
巡は、そう言って、小さく微笑んだ。その笑顔の奥に、深い懐かしさと、同時に、何か切ないものが滲んでいた。
「陸は、まだ、はっきり覚えてない?」
「……ああ。断片も、まだ、ほとんど浮かんでこない」
「そっか」
巡は、静かに頷いた。
「めぐは、待ってるから。陸が思い出すの、急がなくていいから」
その優しさに、陸は胸が締め付けられる思いだった。
同じ頃、玲もまた、自室で一人、鷹宮から聞いた話を反芻していた。
「兄弟、か」
窓の外、雨は、まだ静かに降り続けている。
玲は、ポケットから、あの金平糖の包みを取り出した。何度も、何度も、見返してきた、小さな包み。
(あの記憶の中で、俺は、これを差し出していた)
それが、単なる偶然の一致だとは、もう思えなかった。
「あいつは、覚えているのか……」
陸の顔を思い浮かべる。あの静かな、しかしどこか真っ直ぐな眼差し。
「知りたくない、なんて……もう、言ってられないな」
玲は、自嘲するように呟いた。これまで、真実から目を逸らし続けてきた自分。だが、もう、その逃避は、限界に近づいていた。
同じ夜、離れた場所で、それぞれの想いを抱えていた二人。
どちらも、まだ互いの心の内までは、知る由もない。だが、確かに、二人の中で、同じ問いが、静かに形を成しつつあった。
――俺たちは、本当に、兄弟なのか。
そして、もし、それが真実だとしたら――自分たちは、これから、何を選ぶべきなのか。
答えの出ない問いを抱えたまま、二つの夜は、静かに更けていった。
(第34話へ続く)




