第31話 焦る当主
「安定度、また下がっているのか」
讓治は、モニターに映る数値を見つめながら、静かに眉をひそめた。
『九尾因子──安定度、五十八パーセント。前回計測より、大幅減』
研究員が、恐る恐る報告を続けた。
「はい。ここ数日で、急激に。原因は、まだ特定できておりません」
讓治は、指先で机を軽く叩いた。その仕草に、苛立ちが滲んでいた。
「解析は、完了しているはずだ。理論上、これほど不安定になる理由がない」
「申し訳ありません」
「お前が謝ることじゃない」
讓治は、静かに立ち上がった。
「予定を早めよう。検体No.7との連動実験、準備はどこまで進んでいる」
「基礎的な適合検査は、済んでおります。ただ、まだ本格的な連動には、リスクが伴うかと」
「構わない。多少のリスクは、織り込み済みだ」
讓治の声には、これまでにない強引さが滲んでいた。
その一部始終を、鷹宮は、廊下の陰から静かに見ていた。
(検体No.7との連動、か)
まだ完全に安全性が確認されていないものを、息子にぶつけようとしている。その事実に、鷹宮は静かな怒りを覚えた。
(これは、もう、研究者の判断じゃない)
親としての判断でもない。ただ、結果を焦る、当主としての判断だった。
鷹宮は、静かにその場を離れ、自分のデスクへと戻った。集めてきた証拠のファイルを、改めて開く。
予算の偏り、私的な行動記録、そして今回の、リスクを度外視した実験計画。
「そろそろ、限界かもね」
呟きながら、鷹宮は、ある決意を固めつつあった。
玲は、自室で、深夜の"調査"の続きを行っていた。
古いカルテ、実験記録。その中に、見覚えのある単語を見つける。
『検体No.0――玉藻。因子解析用サンプル。回収経緯:争奪戦時、分家との衝突により死亡』
その一文に、玲の手が止まった。
「玉藻……分家……」
以前、白澤から聞いた話と、今読んでいる記録が、静かに重なっていく。
「あの海辺の記憶と、この人物は……」
確信には、まだ至らない。だが、玲の中で、決して無視できない疑念が、確実に膨らみ始めていた。
コンコン、とノックの音。玲は、慌てて資料を隠した。
「九代目、父上がお呼びです」
玲は、静かに立ち上がった。父の元へ向かう足取りは、これまでにないほど、重かった。
「玲、話がある」
執務室、讓治は、いつもの穏やかな笑みで、玲を迎えた。
「近く、新しい検体との連動実験を行う。お前の因子を、より安定させるためだ」
「……検体No.7、ですか」
その言葉に、讓治の目が、わずかに見開かれた。
「よく知っているな」
「……小耳に挟みました」
玲は、平静を装いながら答えた。だが、内心では、激しい動揺が渦巻いていた。
「案ずるな。お前のためだ」
讓治は、そう言って、玲の肩に手を置いた。だがその温もりの奥に、玲は、これまでにないほど強い、焦りのようなものを感じ取っていた。
「はい」
短く答えるのが、精一杯だった。
窓の外、夜の街に、静かに雨が降り始めていた。
(第32話へ続く)




