第28話 平安の名残
「白澤、約束通り、聞かせてくれ」
その夜、陸は改めて、白澤に向き合っていた。
『……分かった。うぬも、覚悟はできてるみたいだな』
白澤の口調は、いつになく落ち着いていた。
『まず、これだけは対価として何か寄越せ。……いや、今回は、いい。うぬがここまで踏み込んだ、その覚悟そのものを、対価としておこう』
「それでいいのか」
『儂とて、けじめってものを知らんわけじゃない』
白澤は、そう前置きしてから、静かに語り始めた。
『今から千年ほど昔、平安の頃。うぬの一族──いや、正確には、うぬと三輪の、両方の祖先は、まだ一つの家だった』
「一つの、家」
『朝廷お抱えの陰陽師の家系だ。妖を鎮め、時に祓う、そういう役目を担っていた』
陸は、息を詰めて聞き入った。
『ある時、一族はある女に出会う。その女こそ、九尾の因子を宿した最初の人間――うぬの母、玉藻だ』
「母が……最初の?」
『そうだ。彼女は、朝廷に取り立てられ、寵愛を受けるまでになった。だが、その力ゆえに、一族の中で意見が割れた』
白澤は、一拍置いて、続けた。
『力に飲まれた者は、もう人ではない。討ち、あるいは回収し、管理すべきだ――そう考えた者たちがいた。一方で』
「一方で?」
『力を持っていても、本人の心は残っている。共に生きるべきだ――そう考えた者たちもいた』
その言葉に、陸は、ふと気づいた。
「それが……草薙と、三輪の」
『そうだ。前者が、今の三輪。後者が、今のうぬたち、草薙の祖だ』
陸の脳裏に、これまで積み重ねてきた違和感が、次々と繋がっていく。
「でも……三輪は、朝廷に重用されて栄えた側だって」
『その通りだ。血筋の上では、三輪こそが"本家"だった。だが、実際に彼女の――九尾因子の本質を理解し、正しく向き合う術を受け継いだのは、里に下った、うぬたちの祖の方だった』
「本家と、分家が、入れ替わった……」
『そうだ。名も、格式も、あちらが継いだ。だが、本当の意味で"継ぐべきもの"を継いだのは、うぬたちの方だったのかもしれん』
しばらくの沈黙が流れた。陸は、この千年という時間の重みに、言葉を失っていた。
「玉藻は……母は、どうなったんだ」
『そこから先は、まだ、儂にも全ては分からん。ただ――』
白澤の声が、わずかに揺れた。
『表向きの記録では、討伐されたことになっている。だが、実際には、違うという言い伝えが、うぬの一族には、密かに伝わっているはずだ』
「違う、って」
『うぬの父に、直接聞け。……これ以上は、儂の口からは言えん』
その言葉を最後に、通信は静かに切れた。
陸は、しばらく画面を見つめたまま、動けずにいた。
千年前の因縁。本家と分家の入れ替わり。そして、母・玉藻の、まだ明かされない結末。
「これが……俺と、三輪玲の、始まりか」
呟いた声は、静かな部屋に、重く響いた。
体の内側で、オロチの頭たちが、いつになく静かに、耳を澄ませているような気配があった。まるで、この千年の物語の続きを、共に待っているかのように。
(第29話へ続く)




