第27話 消された痕跡
翌朝、悠人は、いつものように朝一番でノートパソコンを開いた。
「――は?」
その声に、縁側にいた陸は、すぐに駆け寄った。
「どうした」
「動画が……全部、消えてる」
悠人の画面には、昨日まで確かに表示されていたはずの、あの一連の動画のリストがあった。だが、そのどれもが、「動画は削除されました」という無機質な表示に変わっていた。
「全部か」
「全部だ。まとめサイトの転載も、切り抜きも、コメント欄も。……こんなの、普通じゃない」
悠人は、震える指で、画面を操作し続けた。だが、どこを辿っても、あの少女の姿は、跡形もなく消え去っていた。
「まるで、最初から、存在しなかったみたいだ」
その呟きに、陸は背筋が冷たくなるのを感じた。
「これって、まさか」
「ああ。……儂らが気づいたことに、向こうも気づいたんだ」
いつの間にか、陸のスマートフォンから、白澤の声が響いていた。
「白澤」
『悪いニュースだ。うぬらが動画を見つけた直後にこれだ。偶然とは思えない』
「情報統制、ってやつか」
『そうだ。あの組織には、そういう仕事をする部署がある。目立ちすぎた噂を、綺麗さっぱり消す連中がな』
陸は、拳を強く握りしめた。
「つまり、俺たちが真実に近づいてること、向こうにはもう筒抜けってことか」
『可能性は高い。……気をつけろ。今までより、確実に危険度が増す』
その言葉に、部屋の空気が、一段と張り詰めた。
「くそっ……!」
悠人が、珍しく声を荒らげた。
「集めたデータ、全部無駄になったってのか」
「悠人」
「せっかく、役に立てると思ったのに」
悠人の拳が、小さく震えていた。陸は、その肩に、そっと手を置いた。
「無駄じゃない。お前が見つけたから、俺たちは"玉藻"の名を知れた。それは、消えない事実だ」
「……でも」
「それに」
陸は、静かに続けた。
「向こうが慌てて消したってことは、それだけ、俺たちが核心に近づいてる証拠でもある」
悠人は、しばらく黙り込んだ後、小さく息を吐いた。
「……そう、だな」
「今度は、消される前に、もっと深く踏み込む方法を考えよう」
「ああ」
悠人は、拳を開き、改めてキーボードに手をかけた。その目には、これまでにない、強い光が宿っていた。
「儂も、ここまで来たら、退けねえ」
その言い方に、陸は思わず笑った。
「今、"儂"って言ったな」
「……言ってねえよ」
悠人は、慌てて咳払いをした。だがその頬は、わずかに赤らんでいた。
その日の夕方、施設の情報統制部門では、一つの作業が静かに完了していた。
「対象コンテンツ、全削除完了しました」
報告を受けた讓治は、満足げに頷いた。
「よくやった。これで、当面の不安要素は消えた」
だが、その一方で、讓治の脳裏には、小さな引っかかりが残っていた。
「……誰が、あの動画に気づいたんだ?」
呟きに、傍らに控えていた黒服の一人が、静かに答えた。
「解析の結果、分家の関係者──おそらく、若い者と思われます」
讓治の目が、わずかに細まった。
「そうか。……それなら、警戒しておく必要があるな」
穏やかな笑みの奥に、これまでにない鋭さが、静かに宿り始めていた。
(第28話へ続く)




