第26話 狐の躍る夜
「陸、ちょっと見てくれ」
悠人が、ノートパソコンを抱えて、縁側に駆け込んできた。
「どうした、慌てて」
「これ、前にも話した動画なんだけどさ」
画面には、見覚えのある少女が映っていた。制服姿で、古めかしい口調のまま、軽やかにダンスを踊っている。「狐憑き女子高生」として、ネットで話題になっていたあの動画だった。
「これがどうかしたのか」
「実は、これまでに上がってる動画、片っ端から集めて、喋ってる内容を書き起こしてみたんだ。暇な時間に、コツコツと」
悠人は、別のファイルを開いた。びっしりと文字起こしされたテキストが並んでいる。
「その中に、妙に引っかかる言葉があった」
悠人が指し示した箇所を、陸は覗き込んだ。
『──妾の名は、玉藻。この程度で、驚くでない』
その一文に、陸は息を呑んだ。
「玉藻……」
「これ、偶然にしちゃ、出来すぎてないか?」
悠人の声には、確信に近いものが滲んでいた。
「お前の母親の名前、玉藻って言うんだろ。里の中じゃ、あんまり大きな声で言えない話みたいだけど」
「なんで、それを」
「悪い、盗み聞きするつもりはなかったんだが、この間、お前と親父さんが話してるの、少しだけ聞こえたんだ」
悠人は、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「それより、この動画だよ。単なる都市伝説にしちゃ、名前が一致しすぎてる」
陸は、画面の中の少女を、改めて見つめた。屈託のない笑顔。古風な喋り方。そして、確かに"玉藻"と名乗っている。
「巡を呼んでくる」
「これ……」
巡は、動画を見るなり、言葉を失った。
「めぐ、何か感じるか」
「わかんない。でも……なんか、懐かしい気がする」
巡のその一言に、陸の心臓が、大きく跳ねた。
「懐かしい、って」
「うまく言えない。ただ、この人の声、聞いたことある気がする」
三人は、しばらく無言で、画面を見つめ続けた。
「白澤に、聞いてみよう」
陸は、スマートフォンを取り出した。
「白澤、緊急で聞きたいことがある」
『……何かあったか』
「"玉藻"と名乗る女子高生の動画がある。都市伝説として、ネットで拡散されてるものだ」
しばらく、返信が途絶えた。これまでにない、長い沈黙だった。
『……その話、儂も、無視できないな』
「知ってるのか」
『いや。だが、その名前が、こんな形で表に出てくるとしたら……儂が思っているより、ずっと事態は動いているのかもしれない』
白澤の口調に、これまでにない緊張が滲んでいた。
『陸、覚悟しておけ。うぬが、これから知ることになる真実は──決して、軽いものじゃない』
その言葉を最後に、通信は切れた。
陸は、画面の中で無邪気に笑い続ける少女の姿を、もう一度、じっと見つめた。
(あなたは、本当に……)
問いかけは、誰にも届かないまま、静かな夜の中に、溶けていった。
(第27話へ続く)




