第24話 三輪家の影
三輪総合警備保障、最上階の応接室。讓治は、海外からの来客と、穏やかな笑みを交わしていた。
「ミスター・ミワ、此度の提携、大変満足しています」
「こちらこそ。……ジョージ、と呼んでください」
讓治は、流暢な英語で応じながら、柔和な笑みを崩さなかった。テーブルの上には、いくつもの資料が並んでいる。因子解析技術の輸出契約、そしてその見返りとして得られる、海外の希少な因子サンプルの提供。
「そちらで見つかったという新種、期待していますよ」
「ええ。まだ完全な解析には至っていませんが……日本の妖怪とは、また違う質の力のようです」
来客が去った後、讓治は、一人静かに、資料の山に目を通していた。
『検体No.7、海外由来。因子系統不明。宿主の適合率、異常な高さを記録』
その一文に、讓治の目が、わずかに細まった。
「異常な適合率、か」
これまでの解析では、上位因子ほど適合者を見つけるのが困難だった。それが理論値を大きく超える適合を見せたという報告は、久しく聞いていない朗報だった。
「これも、玉藻計画の助けになるかもしれんな」
呟きながら、讓治はファイルを閉じた。
その頃、玲は自室で、一人、あの日渡された金平糖の包みを、じっと見つめていた。
(なぜ、こんなものを)
理由の分からない胸のざわめきが、いつまでも消えずにいる。
コンコン、とノックの音。
「玲、いるか」
讓治の声だった。玲は、慌てて包みをポケットに隠し、扉を開けた。
「父上」
「調子は、どうだ」
「……安定しています」
その答えに、讓治は満足げに頷いた。
「実は、良い話がある。海外から届いた、新しい検体のことだ。もしかすると、お前の因子の安定に、役立つかもしれない」
「新しい、検体」
「詳しいことは、また追って伝える。……お前には、期待しているんだ、玲」
讓治は、そう言って、玲の肩に手を置いた。その仕草は、いつもと変わらず、優しいものだった。だが玲は、その手のひらから伝わる温もりの奥に、以前より強く、何か焦燥に似たものを感じ取っていた。
「はい」
短く答えるのが、精一杯だった。
讓治が去った後、玲は再び、金平糖の包みを取り出した。
小さな、色とりどりの粒。それを見つめているだけで、なぜか、胸の奥が締め付けられるような感覚があった。
「――何なんだ、これは」
呟いた声は、静かな部屋に、力なく溶けていった。
その夜、鷹宮は、自分のデスクで、密かに一つのファイルを開いていた。
『検体No.7、輸送記録』
そこに記された経由地、取引に関わった人物の名前を、鷹宮は一つ一つ、丁寧に書き写していく。
(讓治さん、あなたは、どこまでやるつもりなの)
証拠は、少しずつ、しかし確実に、積み上がりつつあった。だがそれと同時に、鷹宮の中で、ある種の焦りも募っていた。
玉藻計画は、もはや、讓治個人の妄執だけでは収まらない規模になりつつある。組織全体、そして海外の勢力まで巻き込んで、何かが、静かに動き出していた。
(急がないと)
鷹宮は、ファイルを閉じ、静かに席を立った。窓の外、夜の街は、何も知らないまま、いつも通りの灯りを灯していた。
(第25話へ続く)




