第22話 二度目の接触
悠人が集めた情報を頼りに、陸は再び、街の外れへと足を運んでいた。三輪総合警備保障が、密かに使っているという中継拠点。組織の動きを、直接確かめるためだった。
「陸、本当に一人で大丈夫?」
見送りに来た巡が、心配そうに袖を引く。
「大丈夫だ。今回は、様子を見るだけだから」
「金平糖、持った?」
「持った持った」
陸は苦笑しながら、ポケットの中の包みを軽く叩いてみせた。
拠点周辺は、思っていたより人の気配が少なかった。夕暮れ時、陸は物陰から、建物の様子を窺う。
「――やはり、来たか」
背後から響いた声に、陸は素早く振り返った。
そこに立っていたのは、玲だった。あの夜と同じ、静かな眼差し。だが今回は、互いに名を知った上での再会だった。
「三輪、玲」
陸がその名を呼ぶと、玲の表情が、わずかに動いた。
「その名を、知っているのか」
「ああ。……お前も、俺の名を知ってるんだろう」
「草薙、陸」
二人は、しばらく無言で、互いを見つめ合った。
「今日は、戦いに来たわけじゃない」
陸は、ゆっくりと両手を上げて見せた。
「ただ、聞きたいことがある」
「何をだ」
「お前と俺の間に、何があったのか。俺には、その記憶がない。だが、お前は、覚えているんじゃないか」
その問いに、玲の表情が、明確に強張った。
「……知らない」
「本当に?」
「知らないと、言っている」
その口調には、拒絶の色が滲んでいた。だが陸は、その裏に、何か別の感情が隠れていることを、はっきりと感じ取っていた。
「玲」
「その名で、気安く呼ぶな」
「……分かった」
陸は、一歩、また一歩と、間合いを詰めた。玲は、後ずさりこそしなかったが、明らかに緊張を強めていた。
「お前の中に、九尾の因子があるんだろう」
その一言に、玲の目が、大きく見開かれた。
「……なぜ、それを」
「俺も、似たようなものだ。オロチの因子を持ってる。……そして、お前と俺の母は、同じ人物だったんじゃないかって、思ってる」
その言葉が空気に溶けた瞬間、玲の周囲の気配が、明らかに変わった。
「――やめろ」
低く、震えるような声だった。
「それ以上、言うな」
「玲」
「知りたくない!」
その叫びと共に、玲の瞳が、妖しい金色に染まった。九尾の因子が、感情の昂りに応じて、わずかに表出し始めていた。
陸は、思わず身構えた。だが、それと同時に、自分の中でも、オロチの頭たちが、ざわめき始めるのを感じていた。
牙の頭が、強い警戒を露わにする。だが同時に──いつもは沈黙している奥底の何かが、静かに、しかし確かに、揺れ動いていた。
「戦う気は、ない」
陸は、拳を緩めながら、静かに告げた。
「今日は、ただ話したかっただけだ」
その言葉に、玲は、荒い息を整えながら、少しずつ、金色の瞳を元に戻していった。
「……なぜ、そこまでする」
「分からない。ただ……お前を、放っておけない気がするんだ」
その正直な言葉に、玲は、しばらく何も言えずにいた。
「今日は、これで帰る」
やがて、そう言い残すと、玲は踵を返した。だがその足取りは、以前よりも、どこか重く見えた。
陸は、その背中に向かって、ポケットから金平糖の包みを取り出した。
「ほら!」
軽く放り投げると、包みは玲の足元に転がった。玲は、驚いたように足を止め、振り返る。
「……なんだ、これは」
「疲れた時は、糖分だ。……誰かの受け売りだけどな」
陸は、そう言って、少しだけ笑って見せた。
玲は、しばらく無言で、その包みを見下ろしていた。やがて、静かに拾い上げると、何も言わずに、ポケットへとしまった。
その仕草に、玲自身も気づいていない、何か懐かしいものが滲んでいたことを、陸は知る由もなかった。
「また、話そう」
陸の言葉に、玲は振り返らなかった。だが、その背中は、確かに一瞬、立ち止まった。
(第23話へ続く)




