第21話 悠人、動く
「陸、ちょっといいか」
朝の稽古を終えたばかりの陸に、悠人が声をかけてきた。手には、ノートパソコンを抱えている。
「どうした」
「昨日から、儂……いや、俺なりに、色々調べてみたんだ」
悠人は、縁側に腰を下ろすと、画面を陸に見せた。いくつもの掲示板、ニュースサイト、そして専門的な業界情報が、几帳面に整理されている。
「三輪総合警備保障、あの会社の周辺情報。表向きの事業内容から、取引先、それに──最近、やたらと海外との出張が増えてる幹部の名前まで」
「これ、全部お前が?」
「一晩で集めたにしちゃ、上出来だろ」
悠人は、少し得意げに笑った。だがすぐに、表情を引き締める。
「正直、恩を返したかったんだ。里に世話になってばかりじゃ、居心地が悪いしな」
陸は、その言葉に、少し驚きながらも頷いた。
「助かる。これ、白澤にも見せていいか」
「もちろん。……というか、あいつにも、直接聞いてみたいことがある」
悠人はそう言うと、陸のスマートフォンを覗き込むようにして、白澤との通信を開いた。
『おっ、珍しい組み合わせだね』
「白澤、聞きたいことがある」
『はいはい、なに』
「あんた、この会社の海外事業について、何か知ってるか。俺が集めた情報だと、ここ数年で、明らかに規模が拡大してる」
『……ほう。うぬ、思ったよりやるじゃないか』
白澤の口調に、わずかに感心したような響きが混じった。
『正直、儂もそこまで詳しくは追えてない。ただ、噂程度には聞いてる。あの組織、日本国内だけじゃなく、海外の"似たようなもの"とも、取引してるらしいってな』
「似たようなもの?」
『さあな。それこそ、うぬの情報網の出番じゃないか?』
その挑発めいた物言いに、悠人は苦笑した。
「言うじゃないか、白澤さんよ」
『儂に喧嘩売ってるのか、うぬ』
「売ってねえよ。ただ、負けてらんないなって思っただけだ」
二人のやり取りに、陸は思わず笑ってしまった。
「お前ら、思ったより気が合いそうだな」
『は? 冗談。こんな半人前と』
「同意見だ。こんな古臭い喋り方の奴と」
そう言い合いながらも、どこか楽しそうな空気が、二人の間に漂っていた。
その日の午後、悠人は自ら志願して、里の資料整理を手伝うことになった。
「へえ、こんな記録まで残ってるのか」
古い書物を捲りながら、悠人は感心したように呟いた。
「気になるものがあったら、教えてくれ」
「ああ。……にしても、俺、ここまでする義理、本当はないんだけどな」
「そうか?」
「ただの情報屋だぞ、俺は。妖怪の因子も持ってない、ただの学生だ」
その言葉に、陸は何も言わなかった。ただ、悠人の横顔を、少しの間だけ見つめていた。
(本当に、そうなのか)
その疑問は、まだ誰にも、悠人自身にさえも、答えの出ていないものだった。
「まあ、いいさ。手伝うって決めたんだ、最後までやる」
悠人は、そう言って、また書物に向き直った。その横顔には、これまでにない、何かに真剣に取り組む者の表情が浮かんでいた。
(第22話へ続く)




