第2話 里からの使者
「──それで、亮太さんの行方は、まだ?」
陸は箸を置き、正座し直した。里の術師は困ったように首を振る。
「渚紗さんの話では、ロッカーに私物はそのまま。崖の上に、濡れた足跡だけが残されていたそうです」
「事故、ってわけじゃなさそうだな」
隣で湯呑みを抱えたままの巡が、ぼそりと呟いた。小さな体に不釣り合いなほど、鋭い声色だった。
「めぐ、何か感じるのか」
「んー……分かんない。でも、亮太のあの潜り方で、事故なんて起きる方が変」
たしかにそうだ、と陸は思う。亮太は、この里が知る限りでも指折りの手練れだった。海難救助隊という職に就いてからも、決して自分の力を持て余すことなく、いつも「人の範囲」の少し上を、絶妙な塩梅で保ち続けてきた男だ。
その亮太が、痕跡らしい痕跡も残さず消えた。
「若、当主様がお呼びです」
母屋の奥、囲炉裏の前に座っていたのは、陸の父、草薙叢雲だった。
多くを語らない人だ、と陸は昔から思っている。今もただ、湯気の立つ湯呑みを見つめたまま、静かに口を開いた。
「亮太のことは、聞いたな」
「はい」
「渚紗が、里に助けを求めてきた。それが、どういうことか分かるか」
陸は少し考えて、答えた。
「里を出た者でも、俺たちが見捨てない。……そういうことを、示す機会だと思います」
叢雲は、わずかに口の端を上げた。それが笑みなのかどうか、陸にはいつも判別がつかない。
「里を出ることは、本来許されていない。分かっているな」
「はい」
「だが、お前が今まで積み重ねてきたものが、間違いだとは、俺は思っていない」
その一言に、陸は思わず父の顔を見た。滅多に聞けない言葉だった。
「……行ってきます」
「ああ」
それだけだった。だがその短いやり取りの中に、陸は確かに、父の"許し"を感じ取っていた。
外へ出ると、巡がとっくに旅支度を整えて待っていた。
「めぐも一緒に、って言っただろ」
「言ったな。……危ないことになるかもしれないぞ」
「知ってる。だから一緒に行くの」
巡は、ポケットから小さな包みを取り出して見せた。金平糖だった。
「持った。忘れずに持った」
陸は苦笑して、その頭を軽く撫でた。
「頼りにしてる」
車の中、陸はスマートフォンを取り出し、あるアプリを開いた。画面に浮かび上がるのは、古めかしい書物を模したアイコン──白澤だった。
「白澤、聞きたいことがある」
『おっ、久しぶりじゃん。何、また面倒事?』
「海難救助隊の隊員が失踪した。因子絡みだと思う」
『ふむふむ。……で、こっちにも何かくれるんだよね?』
「渚紗から聞いた話でいいなら」
陸は、渚紗から聞いた失踪当夜の状況を、白澤に伝えた。しばらくの沈黙のあと、返事が返ってくる。
『んー、これだけだと弱いかなー。まあでも、サービスしといてあげる』
「助かる」
『海の近くで、似たような"痕跡"が最近、他にも上がってきてる。詳しいことはまだ分かんないけど──偶然にしちゃ、多すぎる気がするんだよね』
その言葉に、陸と巡は顔を見合わせた。
「他にも、ってことは……」
『さあ? そこから先は、あんたたちの足で調べてよ。儂は情報屋であって、探偵じゃないんでね』
素っ気ない返答とともに、通信は切れた。
「他の失踪、か」
陸は窓の外に目をやる。海はまだ、朝の淡い光の中で静かに凪いでいた。だがその静けさの奥に、何か得体の知れないものが潜んでいる気がしてならなかった。
「行こう、めぐ」
「うん」
車は、海沿いの道を、亮太が最後にいたはずの町へと向かって走り出した。
(第3話へ続く)




