第16話 似ている、という違和感
悠人は、里の客間で数日を過ごすうち、少しずつ元の調子を取り戻していった。
「お茶、お持ちしました」
若い術師が、盆を手に縁側へやってくる。並べられた湯呑みは、二つだけだった。
陸と巡の前にそれぞれ置かれ、術師は一礼して去っていく。悠人は、手持ち無沙汰にその様子を眺めていた。
「あ……悪い、悠人さんの分」
陸が気づいて呼び止めようとすると、悠人は苦笑しながら手を振った。
「いいよ、いつものことだから。俺、影薄いし」
「いや、そういう問題じゃ……」
「マジで気にしないでくれ。むしろ、あんたたちがちゃんと俺のこと見えてる方が、珍しいくらいだ」
そう言って、悠人は自分の湯呑みを、備え付けの茶葉から手酌で用意した。慣れた手つきだった。
「いやはや、まさか本当に、妖怪の里なんてものがあるとはな」
縁側に座り、茶をすすりながら、悠人は物珍しそうに庭を眺めていた。その口調には、もう尊大さは戻っていない。ただの、好奇心旺盛な青年の顔だった。
「悠人さん、体調は?」
「もう平気だ。……世話になった」
悠人は、少しばつが悪そうに頭を下げた。
「それより、聞きたいことがある」
陸は、その隣に腰を下ろした。
「あの部屋で見た、"三輪"って単語。あれは、何のことか分かるか」
悠人の表情が、わずかに強張った。
「……ああ、あれか」
悠人は、懐から取り出したノートパソコンを開いた。ネットが使えないここでも、彼が独自に集めていたらしいデータが、いくつも保存されていた。
「儂……いや、俺が集めてた情報の中に、"三輪"って名前が、何度か出てくるんだ。あの警備会社の、内部の人間らしい」
「内部の人間」
「詳しいことは分からない。ただ、古い資料に紛れて、一枚、写真が残ってた」
悠人が画面を操作すると、粗い画質の一枚の写真が表示された。何かの式典らしき場所に立つ、複数の人物。その中の一人、まだ十代半ばと思しき少年に、陸の目が釘付けになった。
「……これ」
隣で覗き込んでいた巡が、小さく息を呑んだ。
「陸、この子……」
「ああ。あの時の、あいつだ」
写真の中の少年は、今よりずっと幼い。だが、その面影は、確かにあの夜出会った男と重なっていた。
「知り合いか?」
悠人が、怪訝そうに尋ねる。陸は、少し迷いながら答えた。
「先日、廃工場の近くで会った。……名も、名乗らなかった相手だ」
「へえ。……ん?」
悠人は、写真をじっと見つめ、それから何かに気づいたように、陸の顔を見た。
「なあ、これ、あんたにも……ちょっと、似てないか」
「は?」
「いや、うまく言えないけど……輪郭とか、目元の感じとか。他人の空似って言われれば、それまでだけど」
その一言に、陸の心臓が、大きく跳ねた。
「気のせいだろ」
「かもな。ただの勘だから、気にしないでくれ」
悠人は、あっさりとそう言って、話題を変えるように咳払いをした。だが陸は、写真から目を離すことができずにいた。
その夜、陸は一人、写真のコピーを手に、部屋で考え込んでいた。
似ている、という指摘。他人からすれば、ただの偶然の一言だったかもしれない。だが陸の中では、あの夜感じた奇妙な既視感、巡の「知ってる」という確信、そして父の「いずれ話す」という言葉──それら全てが、一つの輪郭を結び始めていた。
「巡」
隣室から声をかけると、すぐに小さな足音が近づいてきた。
「なに?」
「お前が"覚えてる"って言ってた相手、もしかして……」
陸は、言葉を選びながら、写真を巡に見せた。
「この写真の、俺と、この子。他人には見えないか」
巡は、写真をじっと見つめた。その瞳が、次第に潤んでいく。
「……ごめん、陸」
「なんだ」
「めぐ、やっぱり、まだうまく思い出せない。でも……」
巡は、写真の少年を、そっと指でなぞった。
「この子と陸が、二人で笑ってる景色を、見たことがある気がする」
その言葉に、陸は言葉を失った。
まだ何も、確かなことは分からない。だが、自分と、あの男との間に、何か決定的な繋がりがあることだけは、もう疑いようがなかった。
(第17話へ続く)




