第15話 夜の欠片
白澤が示した場所は、住宅街の外れにある、古い雑居ビルだった。
「ここか……本当に、ここで合ってるのか」
『儂の伝手を辿った、だいたいの見当だ。正確な部屋までは、儂にも分からん。奴は、そういう奴なんでな』
その言い方に、陸は少し引っかかりを覚えたが、今は先を急ぐことにした。
陸は、巡と共に、埃っぽい階段を上っていく。看板の消えかけた表札、人の気配のない廊下。あまりにも静かすぎて、逆に不穏だった。
「陸、今……物音」
巡が、廊下の奥を指差した。何かが崩れ落ちるような、鈍い音だった。
二人は音のした方向へ、足早に向かった。突き当たりの部屋、扉がわずかに開いている。
中を覗くと、雑然とした部屋の中央に、複数のモニターが置かれた机があった。そして、その傍らの床に、一人の青年が倒れている。周囲に、争った形跡はあるが、他には誰の姿もなかった。
「っ……大丈夫か!」
陸は駆け寄り、青年の様子を確かめた。息はある。だが、意識はない。
「この人が、夜行主……なのか?」
確証はなかった。だが、部屋の様子からして、まず間違いないだろうと陸は判断した。
青年の首筋には、あの黒服が使っていたのと同じ種類の、奇妙な痣が浮かんでいた。因子への直接干渉。亮太の時と、同じ痕跡だった。
「巡、この人にも、癒しの力を」
「うん、任せて」
巡が両手をかざすと、淡い光が青年を包む。しばらくして、青年の呼吸が、少しずつ落ち着いていった。
意識を取り戻した青年は、最初、ひどく怯えた様子だった。
「だ、誰だ、あんたたち……!」
「落ち着いて。俺は、あなたが"夜行主"としてやり取りしていた相手だ」
その一言に、青年の表情が、驚きに変わった。
「まさか……本当に、来てくれるとは」
「間宮悠人、さん……で合ってますか」
陸は、部屋の郵便物からその名前を読み取っていた。悠人は、力なく頷いた。
「儂の……いや、俺の、本名だ」
普段の尊大な口調が、すっかり鳴りを潜めていた。目の前にいるのは、年相応の、ただ怯えた一人の青年だった。
「何があったんですか」
「急に、黒服の連中が押しかけてきて……何か、儂の"情報網"について、根掘り葉掘り聞かれた。答えを渋ってたら、いきなり……」
悠人は、自分の首筋に触れ、顔をしかめた。
「体の中に、何かが入り込んでくるみたいな、変な感覚があって。それから、記憶が曖昧だ」
陸は、亮太の時のことを思い出していた。あの時と、酷似した症状だった。
「悠人さん、聞きたいことがあります。あなたは、自分に何か、特別な力があると、感じたことは」
悠人は、怪訝な顔をした。
「特別な力? ……いや、ない。ただの、情報好きの学生だ。人よりちょっと、顔が広いだけで」
その言葉に、陸は違和感を覚えた。だが、今それを追及するのは、得策ではないように思えた。
「とにかく、ここは危険です。一緒に来てもらえますか」
「……あんたたちを、信じていいのか」
悠人の問いに、陸は少し考えてから、はっきりと答えた。
「白澤が信頼してる相手なら、俺も信じます。それに──あなたには、聞きたいことが、まだたくさんある」
悠人は、しばらく陸の顔を見つめた後、諦めたように小さく笑った。
「……分かった。世話になる」
部屋を出る間際、陸はふと、机の上のモニターに目をやった。そこには、いくつもの掲示板のログが表示されている。その中の一つに、陸は見覚えのある単語を見つけた。
──「三輪」。
それが何を意味するのか、確かめる間もなく、陸は悠人を支えながら、その場を後にした。
まだ知らない糸が、静かに、そして確実に、手繰り寄せられ始めていた。
(第16話へ続く)




