第14話 夜行主の正体、あるいはさらなる謎
母屋の囲炉裏端、叢雲は湯呑みを傾けながら、陸の報告を静かに聞いていた。
「──それで、黒服たちと、名も知らない男に遭遇したと」
「はい。父上は、その男に、心当たりはありますか」
叢雲は、しばらく黙り込んだ。その沈黙が、いつもより長い。
「……今は、まだ話す時ではない」
「父上」
「陸」
叢雲は、湯呑みを置き、まっすぐに陸を見た。
「お前が今、何を感じているのか、俺には分かるつもりだ。だが、今それを急いで知ることが、必ずしもお前のためになるとは限らない」
「それでも、知りたいです」
陸の言葉に、叢雲はわずかに目を伏せた。
「……いずれ、必ず話す。約束する」
それ以上、何を聞いても、叢雲は口を開かなかった。陸は、もどかしさを抱えたまま、母屋を後にした。
その夜、陸は再び、白澤の力を借りることにした。
「白澤、頼みがある」
『はいはい、なに』
「夜行主に、もう一度繋いでほしい。聞きたいことがある」
『いいけど……あんた、あいつのこと気に入ったの?』
「そういうわけじゃない。ただ、あいつなら、何か知ってるかもしれない」
『まあ、いいけどさ』
しばらくして、陸のパソコンに、あの見慣れた文面が浮かび上がった。
《おや、また来たか。今度は何用じゃ》
《廃工場で、黒服たちと遭遇した。それと、身元不明の男とも》
《ほう。……して?》
《その男について、何か知っていますか》
しばらく、返信が途絶えた。妙な間だった。陸は、画面の前で息を詰める。
《……その話、儂にとっても、ちと厄介な話でな》
「厄介?」
陸は思わず声に出した。
《うぬが遭遇した黒服の一団、恐らく儂のことも探しておる》
《どういうことですか》
《儂の情報収集の伝手に、あの警備会社が興味を持っておるようでな。最近、妙に周囲が騒がしい》
その言葉に、陸は緊張した。
《危険なんですか》
《危険、というほどでもないが……面倒には、なっておる》
夜行主らしからぬ、どこか歯切れの悪い返答だった。いつもの尊大さが、心なしか、鳴りを潜めている。
《何か、力になれることがあれば》
《ふん。うぬに心配される謂れはないわ》
そう言いつつも、文面には、わずかな迷いのようなものが滲んでいた。
《ただ……もし、儂の方に何かあったら、白澤経由で報せる。その時は、頼むぞ》
《分かりました》
やり取りは、そこで終わった。陸は、画面を見つめたまま、しばらく考え込んだ。
「あいつの持ってる情報網、思ったより組織に目をつけられてるのか」
胸の内で、点と点が、少しずつ繋がっていくような感覚があった。黒服たちの組織的な動き。夜行主という、正体不明の存在への接触。そして、あの名も知らぬ男。
すべてが、一つの大きな流れの中にあるような、そんな予感が、陸の中で確信に変わりつつあった。
数日後、陸のもとに、白澤から連絡が入った。
『陸、ちょっと気になることが』
「どうした」
『夜行主から、丸一日応答がない。まあ、それだけなら別に珍しくもないんだけど』
「それだけなら?」
『いつもは、掲示板の巡回とか、他のスレッドへの書き込みとか、細かい活動痕跡だけは絶対残ってる奴なんだよね。それが、今日は、何一つない。まるで、ネットから丸ごと姿を消したみたいに』
その言葉に、陸の背筋が、すっと冷たくなった。
「……それは、たしかに、おかしいな」
『でしょ。儂の勘だけど……これ、ただ事じゃないかもしれない』
陸は、拳を強く握った。
「場所は分かるか」
『大体の見当は……つく。でも、危険かもしれない』
「構わない。行こう」
窓の外、日が沈みかけていた。新たな謎に向かって、陸はまた、動き出そうとしていた。
(第15話へ続く)




