第11話 黒服の影
夜行主から得た情報を元に、陸は独自に調査を進めていた。里の古い記録、そして街に流れる小さな噂。断片的な情報を繋ぎ合わせるうち、ある廃工場の存在に行き着いた。
「ここ、で合ってるのか」
陸は、錆びついた門扉の前で立ち止まった。周囲には人の気配がない。だが、かすかに、因子の"匂い"がする。
「うん。この奥、何かいる」
巡が、緊張した面持ちで頷いた。
二人は、音を立てないよう慎重に、敷地内へと足を踏み入れた。
工場の奥、開けた空間に、それはいた。
黒いスーツに身を包んだ、複数の人影。その数、五、六人ほど。整然と並ぶその姿は、まるで訓練された兵士のようだった。
「……見つかったか」
先頭に立つ一人が、感情の読めない声で呟いた。
陸は、身構えながら一歩前に出た。
「あなたたちは、何をしているんですか」
「答える義理はない」
その声と同時に、黒服の一人が、懐から札のようなものを取り出した。指先で素早く印を切ると、周囲の空気が、ぴりっと張り詰める。
「――結界か」
陸は、皮膚がざわつくのを感じた。それは、里で教わる術と、根っこは同じもののはずだった。だが、纏う気配はまるで違う。まるで、機械のように精密で、無駄がない。
「巡、下がってろ」
「陸、一人で無理しないで」
「大丈夫だ」
陸がそう言った瞬間、別の黒服が動いた。腕にはめられた金属の籠手が、鈍く光る。
「くっ……!」
振り下ろされた一撃を、陸はすんでのところで躱した。だが、その一撃が地面を叩いた衝撃だけで、地面が抉れる。
(これは、因子の力……鬼の類か)
一撃を放った黒服の腕は、うっすらと鱗のような紋様を纏っていた。素の膂力を、道具の補助で何倍にも引き上げている──そう直感した。
「戦うしかないか」
陸は、内側に意識を向けた。オロチの頭たちが、それぞれの気配を持って、応えるように蠢く。
「──来い」
その一言で、陸の瞳が、わずかに赤みを帯びた。オロチの「剛の頭」が、静かに応じた証だった。
腕に力がみなぎる。次の一撃を、今度は真正面から受け止めた。
「……くっ」
拮抗する力。だが、陸の方に分がある。押し切るようにして、相手の体勢を崩した。
「一人で、これだけの数を相手にするのは分が悪い」
結界を張った黒服が、静かに告げた。
「退くぞ」
その声には、焦りも動揺もなかった。
その号令一つで、黒服たちは、驚くほど統率の取れた動きで、闇の中へと姿を消していった。
「……逃げた、のか」
荒い息をつきながら、陸は辺りを見回した。追う体力も、正直、残っていなかった。
「陸、大丈夫?」
巡が、慌てて駆け寄ってくる。
「平気だ。……ただ、驚いた」
陸は、自分の手のひらを見つめた。まだ、剛の頭の余韻が、じんわりと残っている。
「あいつら、統率が取れすぎてる。まるで、軍隊みたいだった」
「うん。因子と、術と、両方使ってる子たちもいたよね」
巡の言葉に、陸は頷いた。因子タイプと、呪術タイプ。二種類の力を、まるで駒のように組み合わせて運用する組織。
その徹底ぶりに、陸は薄ら寒いものを感じていた。
(これが、あの"警備会社"の実働部隊、か)
夜行主が語っていた「工業製品のように扱う」という言葉が、改めて重く響いてくる。
「戻ろう、めぐ。今日分かったことを、白澤に報告しないと」
「うん」
二人は、静まり返った工場を後にした。だがその去り際、陸はふと、視線を感じた気がして振り返った。
暗闇の奥、遠く離れた場所から、こちらを見つめる誰かの気配。それが誰なのか、確かめる間もなく、気配はすぐに消えた。
(気のせい……か?)
陸には、まだ知る由もなかった。その視線の主が、これから自分の運命に、深く関わってくることになることを。
(第12話へ続く)




