テイム
畑を作るのに、シャベルが欲しいとお願いすると、一旦道具をひと揃えするために、ガルガンは自宅に戻ると言った。
ハクの背に乗って行けば早いだろうが、その間に、俺が魔物にでも襲われるのはお断りだ。
結局、みんなでガルガンの家に行った。
そこは、小さな山小屋だった。
「必要なものを、持てるだけ持っていくぞ」
鋤、鍬、鎌、斧――農具一式。
ドワーフ製のシャベルは、驚くほど軽かった。
IT企業のデスクワークでなまりきった俺の腕でも、スコップが勝手に土に吸い込まれていくようだ。振るう力を必要としない。
粘土質の土が、まるでバターのように滑らかにめくれ上がっていく。
「僕もやるー!」
ハクが前足で、猛烈に地面を掘り始めた。
その時だ。
地面が盛り上がり
次の瞬間――
ドゴォン!!
土が噴き上がった。
「痛ってええええええんじゃ!! こらああああああ――!!」
怒号と共に現れたのは、軽自動車ほどもある、黄金の毛並みの巨大なモグラ。目の部分は元から見えないからだろうか、気合の入った鉢巻が巻かれている。
尻もちをついた俺の前に、ハクが構えて、「がるるるるる……っ」と唸り声を上げた。
俺も立ち上がり、ポケットに入れておいたスタンガンを取り出す。
巨大モグラは地面に短い両足を突き立て、牙を剥き出した。
だが。
「待て!! 待たれよ――!!」
ガルガンが、慌てたように俺たちの間に割って入った。
「其方は――もしや……」
「ああん!? なんだクソちび。てめえが相手か!? こんちくしょう!!」
「いや……違う。――ユウマよ」
ガルガンはモグラを見据えながら、俺にちらちらと目配せをする。
俺は、なんのことかと小首を傾げた。
ガルガンが、必死に小声で何かを囁いている。
「え?」
俺は耳を澄ませた。
「餌付けじゃ……。《《こやつは使える》》」
「……ああ!!」
――だとして、言い方。
俺は急いでキッチンに戻り、鍋に残っているカレーを温めた。
食欲をそそる匂いが、充満する。
換気扇を回した直後、外から叫び声が聞こえた。
「なんだあああああ!! この匂いはあああああああ!!」
俺は炊飯ジャーから白い飯を盛り、カレーをかけた。
皿を掲げ、玄関を飛び出す。そして、黄金の巨躯の前にそれを差し出した。
「食ってみろ」
怪訝な顔をしてはいるが、この匂いには逆らえないようだ。
巨大なモグラは短い両手で皿を掴んだ。
モグラが、カレーを一舐めした瞬間。
「なんじゃあああああああああこぉりゃあああああああああああ!!!!」
その巨躯がミシミシと音を立て、煙を噴き上げながら、毛が縮み、骨が軋み、収縮していく。
雄叫びとともに煙の中から現れたのは、血管が浮き出るほど筋肉隆々の、全裸の『人間の』男だった。
目元が布で覆われた、暑苦しい肌に汗を滴らせたその男は、カレーの皿を掲げて俺の前に両膝をついた。
「――なんだ……この味は。地竜の魂に火がついたようになっちまったじゃあねえか……。旦那、お願いだ。あっしを弟子にしておくんなせえ!」
いや、江戸っ子!?
「いや、弟子とかいらないから。服着て。今すぐ着て。そして、股間の怪しい輝きを今すぐ隠して!」
怖いから――!!
◇
モグラに名前を聞いた。
そんなものは「無い」と、言ったので、俺が「アグリ」――と、名付けた。
アグリは俺が渡したタオルを腰に巻き、猛烈な勢いで地面に潜る。
どういう仕組みかは分からないが、布は変身する体の大きさに合わせ、伸び縮みするようだ。
「旦那ァ! 畑の改良ですな、合点だ!」
次の瞬間、地竜の姿に変わる。
ゴゴゴゴゴゴ――!!
地面が波のようにうねり始める。
わずか数分で、荒れ地だった庭は、しっとりとした極上の黒土へと変わっていった。
地面から飛び出したアグリが叫ぶ。
「旦那ァ! 次はどこの土を喰らいやしょう!」
俺は頭を抱えた。
目の前にあるのは、ポージングを決める人型の広背筋と、ドワーフの髭と、犬の尻尾だった。
俺の2LDKが。
俺の夢見た、ラグジュアリーな香りが漂うはずだったスローライフなお仕事空間が、たった数日で――「むさ苦しい体育会系の合宿所」になり果てている。
「……女子はどこだ!? 異世界転移の特権、美少女との出会いはどこに行ったんだ!?」
俺の魂の叫びが、魔鳴りの森に虚しく響いた。
「圧倒的ヒロイン不足――!!」
その傍らで、ハクの家が着々と完成に近づいていた。
銀精木の香りに包まれ、ハクが「わーい、僕の秘密基地ー!」と、尻尾をぶんぶんさせて、大はしゃぎだ。
そんな賑やかな騒動を、森の奥からじっと見つめる影があったことなど、そのときの俺は、まだ知る由もなかった。




