生きがい
俺もガルガンの隣に座り、カレーを食べる。
異世界にいても、変わらぬ味だ。
俺はガルガンに、カレーを食べながら、この世界のことを聞いた。
「ここは『魔鳴りの森』と呼ばれておる。東の聖王国と、西の帝国が互いに手を出せん不干渉地帯じゃ。何せ北の最奥には、魔族の領土もあるからな。
わしは、西のドワーフの里から離れ、この近くで『銀精木』という希少な木材を伐り出して暮らしておる。――とは言っても、森の浅いところだけじゃがな。奥は命がいくつあっても足りん。
今日は、お主のせいで、こんな深くまで来てしまったがの。はっはっはっ!!」
ガルガンは豪快に笑った。
「魔族……。やっぱり、いるんだな」
――というか、そんな危険な森だったのか。
ハクがいなかったら、俺はどうしていただろう。
「おる。おるが、あやつらも無闇に境界は越えてこん。……が、このカレーという『黄金の香気』は危ういぞ、ユウマ。こんな香りを出す料理は、この森どころか帝都でもそうはない。魔族どころか、鼻の利く聖王国の騎士団まで呼び寄せかねん」
ガルガンは冗談っぽく笑った。
「ここは、村や町から、どのくらい離れているんだ?」
魔族だろうが、騎士団だろうが、どちらにせよ、俺は、この2LDKの部屋を手放すつもりはない。
食料が尽きなければ、ここは俺にとって、異世界で最も快適な場所だ。
「そうさな……。一番近い町でも、ここから三日以上は歩くじゃろうな」
「――だったら、もし……もしここに、宿屋を作ったら、どうなる?」
「……宿屋、だと?」
ガルガンは、ぽかんと口を開けた。
「東の聖王国は祈り、西の帝国は魔術。両国は停戦しており、国交もある。だが、この森のせいで、あまり上手くは、いっていないようじゃ。――と、なれば……その間に、これほど堅牢で、清潔で、かつ『黄金の香気』を放つ宿があるとなれば……」
ガルガンは、皿の底に残ったカレーを惜し気にスプーンで掬い上げ、俺のキッチンをじろりと眺めた。
「……魔族でさえ、戦うより先に『一口食わせろ』と交渉してくるかもしれん。それは――この世界の勢力図を、塗り替えかねんぞ」
そうなれば、危険ではある。
政争に、その渦中に、自ら飛び込むような行為だ。
だが俺は、生きがいを見つけて、愉しく生きたい。
会社とアパートを往復するだけだった、あの世界。
どうせ、ここは幻だ。
好きなことを好きなようにやってしまいたい。
そうだ。
ただの宿場町じゃない。商人が行き交うような、貿易の中心だ。
平和で、国同士が手を取り合えるような。
――となれば、まずは、宿屋としての準備だ。
寝床と、風呂と、カレー。
「ガルガン。この世界に米はあるのか?」
「米?」
「そうだ。今、食べた。カレーと一緒に皿に盛られている、この白い食べ物だ」
俺は、まだ残っている自分の皿を差した。
「――いや、こんなものは見たこともないぞ。一粒一粒が、宝石のように輝いておる。麦よりも遥かに甘く、それでいてこの『黄金の香気』をすべて受け止める包容力……。お主、これほどの『聖なる穀物』を、この森で、まさか、作ろうというのか?」
俺は頷いた。
やっぱりか。
なら、コンスタントに米を作らなければ。備蓄しているアルファ米も、すぐに底をつく。
それからスパイス。
精米は発芽しないが、玄米なら、もしかすると。
スパイスの種はある。
大根、キュウリ、ナスの種も。
俺の2LDKには、南海トラフ地震対策で買い溜めた『家庭菜園セット』のストックが腐るほどあるんだ。
そもそも、サラダという概念はあるのだろうか。
もしや、部屋の中で水耕栽培していたレタスやミニトマトも、貴重品なのでは?
ヤバい。
これはヤバいぞ。
教皇も皇帝も魔王も、俺のカレーの前に跪くことになるんじゃないか?




