迷い人
おじさんはふるふると震えながら、神妙な面持ちで、俺に頭を下げた。視線は、自分の両膝に落ちている。
「お主、もしやどこぞの貴族……いや、それ以上の高貴なお方なのか? そうであれば、数々の無礼、失礼を。しかも、風呂と料理まで。こんなもてなし、一生かかっても返しきれん。わしはどうすれば……」
いや、俺はただの、都内のIT企業で深夜までこき使われていたサラリーマンだ。
家賃を払って、モモと静かに暮らしたかっただけの。
正直に言うか。
たぶん、俺は異世界人かもしれないと。
だが。
「……貴族とかじゃないです。お礼なんて別に」
「いや、ドワーフの誇りにかけて――! 恩を返さぬわけにはいかぬ――!!」
おじさんは急に、ぐわっと顔を上げた。
「お主……この、外にいる伝説のフェンリル――ハク殿の寝床はどうしておるのじゃ?」
え? はい?
「もしよければ、わしがハク殿の住まいを建てよう。ドワーフの技でな」
「住まい?」
俺は首を傾げたが、窓の外では、ハクが尻尾がぶんぶん振っている。
「僕の家ー!? ほんとー!?」
おじさんは頷いた。
「もちろん金など取らん。じゃが、その間、飯と寝床を分けてもらえんだろうか」
それは、むしろ、有難い話だが。
悪い人ではなさそうだし。
なにかあれば、ハクがいる。
それに、俺はこの世界がなんなのかも知らない。
「その、実は、自分の村から出たのが初めてで、王都……とか、よく分からないんです。部屋は一つ空いているので、そこに住んでもらって構いません。その代わり、この世界のことを、教えてもらえませんか?」
「おお!! もちろんじゃ!!」
おじさんは目を輝かせた。
「そういえば、自己紹介がまだじゃったな。わしはドワーフ族のガルガンと申す。呼び捨てで構わん。お主は……」
「俺は、高木優馬です。ユウマって呼んでください。えっと、人……族で。26歳。生まれ故郷を出て、ここに家を建てて、暮らし始めたばかりです」
「なんと――!? こんな技術を持った村があるとは知らなんだ!! そこは、なんという名の村じゃ?」
「いやぁ~……そのぉ~……」
これはもう、誤魔化せないのでは。
だが、会ったばかりのこのおじさん――ガルガンを、信用していいのか。
けれど。
どうせ、ここは俺が見ている幻覚だ。
なら、正直に話して楽になったほうが早い。
「……実は。俺、この世界の人間じゃないんだ」
「なん――じゃと……?」
ガルガンは目を丸くした。
「別の、遠い場所から……次元か、世界か。とにかく、この部屋ごと飛ばされてきたらしくて。ニッポンっていう――魔法はないけど、こういう技術はある場所から……」
ガルガンは絶句している。
だが、俺が着ているTシャツの質感や、手元のカレー、そしてキッチンの蛇口を見つめ、深く、深く頷いた。
「……道理で。ドワーフの知識にもない、神の御業が揃っておるわけじゃ。お主……もしや『迷い人』と呼ばれる、伝説の者だったのか」
「――『迷い人』?」
俺の疑問に、ハクが飛び跳ねた。
「ユウマ。僕と一緒! 迷子だ!」
「わしも、物語の中でしか知らん。別の世界の住人のことじゃ。そして、迷い人の男は必ず――」
ガルガンは、ごくり……と、喉を鳴らす。
釣られて俺も、喉を鳴らす。
――なんだ? なにか、異世界人について、秘密があるのか?
「――美少女を連れているらしい」
……へぇ~。
ガルガンは窓の外を見た。
俺も窓の外を見た。
そこには、尻尾をぶんぶん振るフェンリルがいた。
「……ずいぶん毛深い美少女じゃな」
「違う!!」
オスだし――!!




