第2話 カインとノアとバベルの塔
楽園追放の次は、兄弟喧嘩、世界規模の洪水、そして言語大混乱です。
人類が増えるほど問題も増えます。
神も人間も、だいぶ忙しくなってまいりました。
第3話 アブラハム、神との約束に巻き込まれる
エデンを追われたアダムとイブは二人の息子を産んだ。
兄・カイン。農業担当。
弟・アベル。牧畜担当。
ある日、二人は神にお供えを持ってきた。
カインは農作物を。アベルは羊の初子を。
神はアベルとそのお供えに目を留めた。だがカインとそのお供えには目を留めなかった。
——なぜ差をつけるのか。聖書は明確な理由を書いていない。
後世の神学者は「アベルは最上のものを捧げたが、カインは適当なものを持ってきたから」と解釈するが、そこに書いてあるわけではない。「神の選び」という謎は旧約聖書を貫くテーマの一つだ。
カインはひどく怒り、顔を伏せた。
神が言った。「なぜ怒るのか。正しく行いなさい。しかし、正しく行わないなら、罪は戸口に待ち伏せている」
——ちゃんと警告した。
だがカインは弟アベルに「野に行こう」と声をかけ——野で立ち上がり、弟を殺した。
人類最初の殺人。
神はカインに問うた。「弟アベルはどこにいるのか」
カインは答えた。
「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」
——とぼけた。人類最初の容疑者が、神相手にとぼけた。
神は言った。「何ということをしたのか。弟の血があなたに向かって、地から叫んでいる」
カインは呪われた。大地は彼のために実を結ばない。地上の放浪者となる。
カインは嘆いた。「罰が重すぎます。出会う者が私を殺すでしょう」
神はカインにしるしをつけた。誰も彼を殺さないように、と。
——追放して罰するが、命は守る。
怒ってるんだか心配してるんだかわからない、というのが繰り返される。これが神のパターンだ。
カインは去り、エデンの東のノドという地に住んだ。
「ノド」とはヘブライ語で「さすらい」の意味だ。
名前もつらい。
それから何世代も経た。
アダムの子孫は増えた。
だが神が地を見ると——
人の悪が大きく、心に思い計ることがみな、いつも悪いだけだった。
神は後悔した。
「人を作ったのが申し訳なかった」
——神が後悔した。これはすごいことだ。全知全能の神が「失敗した」と感じた。
神は決意した。
「人を、獣を、這うものを、空の鳥まで、地の面からぬぐい去ろう」
地球を丸ごとリセット。
ただし、一人だけ例外がいた。
ノア。
「ノアは、その時代の人々の中で正しく、全き人であった。ノアは神とともに歩んだ」
神はノアに言った。
「方舟を作れ。ゴフェルの木で。全長135メートル、幅22メートル、高さ13メートル。三階建てで」
神は設計図まで指定した。細かい。
「そして地上のすべての生き物を、種ごとに雌雄一対ずつ連れ込め。食料も積め。洪水で地球を洗い流す」
ノアは言った。「……わかりました」
そして作った。
全長135メートルの木造船。
現代の技術でも、木造でこのサイズの船を建造するのは極めて困難だ。だがノアは家族総動員で作った。
近所の人たちはどう思ったか。船のない内陸に突然巨大な木造船を建設し始めたノアを、周囲の人間がどう見たかについて、聖書はほとんど書いていない。
「ノアさん、その船、何に使うんですか?」
「洪水が来るから」
「……洪水? 川もない土地で?」
「神様がそう言ってた」
「……」
この会話があったかどうかは不明だが、なかったとは思えない。
ノアは動物を集めた。清い動物は七対ずつ、清くない動物は一対ずつ。
虫も集めた。魚は…自力で泳げるので不要だったらしい。
全員乗り込んだところで——雨が降り始めた。
四十日四十夜、雨は降り続けた。
地の大いなる淵の源がすべて破裂し、天の窓が開かれた(創世記7章)。
水は増し加わり、方舟は地の面を漂った。水はさらに増し、高い山々はすべて覆われた。
標高8848メートルのエベレストも水没。
全深度約10キロの水が地球を覆ったことになる。
地上に動くものはことごとく死んだ。
洪水は百五十日間続いた。
そして神は風を地に吹かせた。水が引き始めた。
百五十日後、方舟はアララト山に止まった。現在のトルコ東部に実在する山だ。標高5137メートル。
ノアはまず烏を放った。烏は行ったり来たりした。
次に鳩を放った。鳩は帰ってきた。陸地がないから。
七日待ってまた鳩を放った。鳩はオリーブの葉をくわえて帰ってきた。
「水が引いてきた!」
さらに七日待って鳩を放つと、帰ってこなかった。
「陸地に降りたんだ!」
ノアは地を見た。地は乾いていた。
方舟から出た。
神はノアに言った。「生めよ、増えよ、地に満ちよ」
ノアは祭壇を築き、清い動物を焼いて神に捧げた。
バーベキュー。
神はその香りをかいで言った。
「二度と、人のゆえに地を呪うことをしない。人の心の考えは幼い時から悪い——それがわかっていても。二度と、すべての生き物を打つことをしない」
——洪水でリセットしたものの、「また人の心は悪くなるだろう」と神は最初からわかっていた。
わかってて、それでも「もうしない」と決めた。
これが神の「愛」の側面だ。
神はノアと契約を結んだ。しるしとして——
虹を天に架けた。
「雲の中に虹を見るとき、わたしはわたしとすべての生き物との間の永遠の契約を思い起こす」
虹の由来。これが旧約聖書の答えだ。
洪水後、人類は増えた。
一つの民族。一つの言語。みんながシンアルの平野に集まった。
そして人類は話し合った。
「煉瓦を作って焼こう。天まで届く塔のある町を建てよう。我々の名を高めよう」
神は降りてきてその様子を見た。
そして言った。
「彼らは一つの民で、みな同じ言葉を話している。これは彼らが行い始めたことだ。これから彼らが行おうと思うことは、何も妨げることができないだろう」
どこか怖い言い方だ。「人間が本気を出したら何でもできてしまう」という危惧。
神は言った。
「さあ、降りて行って、彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしよう」
——言語をバラバラにした。
「えっ、お前いま何語で喋った?」
「何言ってんのか全然わからん」
「俺も!」
「僕も!」
建設現場は大混乱。工事は中断。人々はあちこちに散らばった。
バベルの塔——名前の由来は「神がそこで全地の言葉を混乱させた」から。ヘブライ語で「バラバル(混乱)」に似ているからとも言われる。
この話の教訓を神学者たちは「傲慢を戒めよ」と解釈する。
だがもっとシンプルに読めば——
「人間が一致団結すると何でもしてしまうので、神が意図的にバラバラにした」
である。
言語の多様性の起源がここにある。地球に今、数千の言語があるのは神が塔を建てた人類を混乱させたからだ——というのが旧約の答えだ。
「なんで世界には色んな言語があるの?」
「バベルの塔の話があって」
「ほうほう」
「人間が塔を作って神に対抗しようとしたから」
「え、なんで塔で対抗?」
「天まで届く塔を作れば神のいる場所に行けると思って」
「……かなりアナログな神対抗手段」
「時代が時代だから」




