第1話 神の六日間突貫工事と、エデンの園問題
旧約聖書、始まります。
まずは天地創造とエデンの園です。いきなり宇宙を作り、いきなり人間がやらかします。
最初から飛ばしています。人類、初期設定からだいぶ不安です。
最初に言っておこう。
この物語に出てくる神は、かなり本気だ。
ギリシャ神話の神々みたいに浮気や嫌がらせで人間を振り回すのとは違う。日本の神様みたいに素朴でほのぼのしているわけでもない。
この神は「創造する、命令する、怒る、裁く、愛する」——そのすべてを全力でやる。
全知全能。宇宙の支配者。愛の神にして審判の神。
人間はその神に選ばれ、愛され、裏切り、叱られ、懲らしめられ、また愛される——というサイクルを何千年も繰り返す。
これは神と人間の、長い長い関係の物語だ。
ギャグもある。涙もある。絶望もある。奇跡もある。
だが何より、スケールがおかしい。
洪水で地球を丸ごとリセットする神。海を真っ二つに割って道を作る神。人間一人の名前を変えただけで「契約成立」と言い張る神。
古事記や三国志のスケールはせいぜい日本列島か中国大陸だった。
旧約聖書のスケールは宇宙である。
覚悟してほしい。
初日。
「光よ、あれ!」
神が言った。光が生まれた。
神は光を見て言った。「良い」
この「良い」という自己評価のスタイルが以後も続く。自分で作って自分で褒める。完全なる自給自足の承認欲求である。
なお、この時点で太陽はまだない。なのに光がある。
「太陽がないのに光があるって矛盾では?」と後世の人間たちが何千年も議論し続けることになるが、神は気にしない。神にとって「光」と「太陽」は別物だ。スケールが違いすぎて人間の常識は通用しない。
二日目。
水の上に大空を作り、空の上の水と地の下の水を分けた。
神は言った。「良い」
自己評価。
三日目。
海と陸を分けた。植物を作った。
神は言った。「良い」
一日二回の自己評価。「非常に良い」ではなく二回「良い」と言う日もある。よほど植物が気に入ったらしい。
四日目。
太陽、月、星を作った。
神は言った。「良い」
——あれ? 太陽、四日目なの?
そう。光は一日目、太陽は四日目。
神の中では矛盾していない。「光とは何か」について神の定義が人間とは根本的に違うのだ。宇宙物理学者が聞いたら三週間うなされる。
五日目。
魚と鳥を作った。「生めよ、増えよ、海に満ちよ」と祝福した。
神は言った。「良い」
六日目。
地の生き物(家畜・野獣・爬虫類)を作った。「良い」
そして——人間を作った。
「われわれのかたちに、われわれにかたどって、人を造ろう」
「われわれ」。複数形。神は一人なのにここで急に複数形を使う。これについても後世の神学者たちが何千年も議論し続けることになる。
そして神は土のちりから人間を形作り、鼻に息を吹き込んだ。
アダム、誕生。
神はアダムを見て言った。
「はなはだ良い。」
今日初めて「良い」以上の評価が出た。それが人間だった。
七日目。
神は休んだ。
六日間連続で宇宙を作り続けた神も、流石に疲れたらしい。この日を安息日とし、聖別した。
以後、ユダヤ教徒とキリスト教徒は週に一日、仕事を休む慣習を持つことになる。全人類の週休制度の起源が「神が疲れた」というのは、じわじわくる話である。
神はアダムのためにエデンの園を作った。
食べ物は豊富。天敵はいない。仕事は庭の管理だけ。
完全なるニート天国。
ただし、一つだけルールがあった。
「園の中央にある善悪の知識の木の実は、食べてはならない。食べると必ず死ぬ」
神は念を押した。
アダムはわかったと言った。
神は次に動物を全種類作り、アダムに名前をつけさせた。
アダムはせっせと動物に名前をつけた。ライオン、シマウマ、カバ、カタツムリ……。
だが神はどこか不満そうだった。
「アダムに相応しい助け手がいない」
そこで神はアダムを眠らせ、あばら骨を一本抜いた。
——起きたら肋骨が一本ない。
その骨から女を作った。
イブ、誕生。
アダムはイブを見て叫んだ。
「これこそ、わたしの骨の骨、わたしの肉の肉!」
現代語訳:「最高! めちゃくちゃ好き!!」
原始の人間、テンションが高い。
二人は裸だったが、恥ずかしくなかった。エデンには羞恥心という概念がなかった。完璧なる無垢の状態——それがエデンの初期設定だった。
この幸せが続けばよかった。
だが、そこにへびがいた。
蛇は「野の生き物のうちで最も賢かった」と聖書は言う。
賢い蛇。喋る蛇。
蛇はイブに近づいた。
「神は本当に、園のどの木からも食べてはならないと言ったのか?」
「いや、中央の木だけよ。食べると死ぬって」
「死ぬわけがない。」
蛇はきっぱり言った。
「神はご存知なんだよ。その実を食べると目が開いて、善悪を知り、神のようになることを。だから食べさせたくないんだ」
イブは実を見た。
確かに美しい。美味しそう。食べたら賢くなれるという。
「……一個だけ」
食べた。
アダムにも渡した。
アダムも食べた。
——その瞬間。
二人の目が開いた。
「あれっ」
「……裸じゃん、私たち」
「めちゃくちゃ恥ずかしい」
二人はいちじくの葉を縫い合わせて腰を隠した。人類最初のファッション。素材はいちじく。センスゼロ。
夕暮れ時、神が園を歩く音が聞こえた。
二人は木の陰に隠れた。
神は呼んだ。「アダム、どこにいるのか」
「……木の間に隠れています。裸なので」
「裸と知っているのか。まさか、食べるなと言った木の実を食べたのか?」
長い沈黙。
アダムは口を開いた。
「あなたがわたしと一緒にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました」
——言い訳第一号。しかも妻のせいにしている。
神はイブに聞いた。
「なんということをしたのか」
イブは言った。
「蛇がわたしをだましたので、食べました」
——言い訳第二号。蛇のせい。
こうして人類最初の責任転嫁が誕生した。
神は蛇を呪った。「腹ばいで歩き、一生土を食べよ」
神はイブを叱った。「出産の苦しみを大きくする。夫に支配される」
神はアダムを叱った。「土は呪われた。汗水たらして食べ物を得よ。塵から来て塵に返る」
そして神は二人をエデンから追い出した。
園の東に、炎のように回転する剣とケルビム(天使)を置いて、戻れないようにした。
セキュリティがガチすぎる。
こうして人類は楽園を失った。
ただいちじくの葉では寒かったので、神は革の衣を作って着せた。
——追い出す前に服を作って着せる。
怒ってるんだか心配してるんだかわからない。それが旧約の神のキャラクターである。




