第15話 王が欲しい民と、羊飼いダビデ
下巻開始です。
士師の時代を抜けたイスラエルは、ついに「王が欲しい」と言い出します。
そして最初の王サウル、次の王ダビデが登場します。人間、権力を欲しがる時だけは妙に元気です。
プロローグ ~ 下巻が始まる前に ~
上巻と中巻を読んでいない人のために、ざっくりまとめておこう。
神が世界を作った。人間はすぐ失敗した。洪水でリセットされた。アブラハムという男が選ばれた。その子孫がエジプトで四百年間奴隷になった。
モーセという男が登場し、民を解放した。海が割れた。荒野に出た。十戒を受け取った。
四十年かけてようやく約束の地カナンに入った。ヨシュアが征服を進めた。
その後、士師と呼ばれる指導者たちが繰り返し民を救った。しかし民は繰り返し忘れた。繰り返し失敗した。
そしてとうとう民の中から声が上がった。
「王が欲しい」
これが下巻の出発点だ。
王国の誕生、栄光、分裂、滅亡、そして帰還。
旧約聖書の後半は、神に選ばれた民族が「それでも何度も失敗し続け、それでも神が諦めない」という物語だ。
スケールは大きい。登場人物は多い。だが核心は意外とシンプルだ。
さあ、下巻を始めよう。
第一章 ~ サムエル ~ 王様、作ります ~
まず、サムエルという人物を紹介しよう。
彼は預言者だ。預言者というのは、神の言葉を民に伝える役割の人間のことだ。神と民の間に立つ、言わば「通訳者」だ。
サムエルは生まれる前から神に選ばれていた。母ハンナは長年子供ができずに苦しんでいて、神殿で泣きながら神に祈った。「もし男の子を授けてくださるなら、この子を一生神に捧げます」
神は祈りを聞いた。サムエルが生まれた。
ハンナは約束通り、幼いサムエルを神殿に連れて行き、祭司エリの元に預けた。
神殿で育ったサムエルが幼い頃、夜中に声が聞こえた。
「サムエル!」
子供は飛び起きてエリのところに走った。
「呼びましたか」
「呼んでいない。戻って寝なさい」
また声が聞こえた。また走った。
「呼びましたか」
「呼んでいない。寝なさい」
三回目が起きた時、エリはようやく気づいた。
「神がお呼びなのだ。次に聞こえたら『しもべは聞いております』と答えなさい」
四回目の声。サムエルは答えた。
「しもべは聞いております」
これがサムエルと神の最初の会話だ。この夜から、サムエルはイスラエルの預言者として歩み始める。
やがてサムエルが老いた頃、民が集まってきて言った。
「あなたの息子たちは正直ではありません。他の国々と同じように、私たちにも王を立ててください」
サムエルは気分が悪くなった。「王が欲しい」とはつまり、「あなた(サムエル)でも神でもなく、人間の王に治めてもらいたい」ということだからだ。
神に祈ると、神は言った。
「民の言葉を聞き入れなさい。彼らはあなたを拒んでいるのではなく、わたしを拒んでいるのだ。ただ、王があなたたちに何をするかを、よく言い聞かせなさい」
サムエルは民に言った。
「王はあなたたちの息子を兵士にする。娘を侍女にする。畑の良い土地を取り上げる。羊の十分の一を取る。あなたたち自身が家来になる。その時に神に叫んでも、答えてもらえない」
民は言った。
「それでも王が欲しい。他の国々と同じように」
サムエルは神に伝えた。
神は言った。「彼らに王を与えなさい」
こうして、イスラエルに最初の王が誕生することになった。
第二章 ~ サウル ~ 最初の王、しかし ~
最初の王として選ばれたのは、サウルという男だ。
背が高く、ハンサムで、民の誰よりも頭一つ抜きん出ていた。見た目は完璧な「王様」だ。
ただし、選ばれた経緯が少し変わっている。
サウルはロバを探していた。父親のロバが逃げてしまったので、探しに出かけたのだ。
三日間探しても見つからない。
「もう帰ろうか」と言いかけたとき、連れの一人が言った。
「そう言えば、この町に神の人(預言者)がいるそうです。何でも言い当てる人で」
「じゃあ聞いてみようか」
サムエルに会いに行ったサウルは、神から前日にこう告げられていた。
「明日この時、ベニヤミンの男を送る。彼に油を注ぎ、わたしの民の君主とせよ」
サウルを見たサムエルは言った。
「ロバのことは心配しなくていい。もう見つかっている。あなたと父の家全体への望みは、誰のためにあるのですか」
サウルは困惑した。
「わたしはベニヤミン族の出で、イスラエルで最も小さい部族の、最も小さい家の者です。なぜそんなことを言うのですか」
翌日、サムエルはサウルの頭に油を注いで言った。
「神があなたを選んだ」
こうして誕生した初代王サウル。
最初は謙虚だった。良い王だった。
だが時間が経つにつれ、問題が出てきた。
戦の前に祭司が来る前に自分で祭儀を執り行った。神の命令と違うことをした。言い訳をした。
サムエルが静かに言った。
「あなたは神の命令を守らなかった。もしあなたが守っていたなら、あなたの王国は永遠に続いた。だが今はそれがない。神はすでに別の王を探している」
サウルの顔が崩れた。
一度の失敗ではなく、何度も繰り返した。
そのたびに言い訳をした。
「恐れたから」「民が強要したから」「自分の判断では良いと思ったから」
言い訳が続く限り、人は変われない。これもまた旧約のテーマだ。
やがてサムエルは涙を流しながらサウルのもとを去り、二度と会おうとしなかった。
次の王を探しに行った。
第三章 ~ ダビデ ~ 羊飼いの少年が王になるまで ~
サムエルは神に言われた場所に行った。
「エッサイという男の息子の中に、次の王がいる」
エッサイは七人の息子を前に出した。
長男は背が高く堂々としていた。サムエルが「これだな」と思った瞬間、神が言った。
「外見と背の高さで判断してはならない。わたしは人が見るようには見ない。人は外見を見るが、神は心を見る」
二男、三男……七人全員が前に出たが、神の声は聞こえなかった。
「ほかに息子はいないか」
「末の子がいますが、今は羊の番をしています」
「呼んできなさい」
末っ子が来た。
赤みがあって、目が美しく、顔立ちの良い少年だった。
神が言った。「この子だ」
サムエルは油を注いだ。
少年の名はダビデ。
この日から、ダビデに神の霊が激しく降るようになった。
一方のサウルからは神の霊が離れ、悪い霊が彼を苦しめるようになった。
サウルの家臣が言った。「竪琴を弾ける者を呼んで、王の気持ちをやわらげましょう」
「ダビデという少年が上手いと聞いた」
こうしてダビデはサウルの宮殿で働き始めた。
竪琴を弾くと悪い霊が去った。サウルは彼をとても気に入った。
二人の最初の関係は良好だった。
そんなある日、ペリシテ人との戦争が始まった。
敵陣から毎日、一人の巨人が出てきて叫んでいた。
「お前たちの中から一人選んで、わたしと戦わせろ! 俺が負ければペリシテ人はお前たちの奴隷になる。俺が勝てばお前たちが奴隷になれ!」
名前はゴリアテ。身長は三メートル近い。青銅の鎧を着て、槍を持っていた。
「誰か戦うやつはいるか!!」
イスラエルの陣地では、その声を聞くたびに全員が逃げ出していた。四十日間、毎朝毎夕同じことが繰り返されていた。
そこにダビデが来た。三人の兄に食料を届けに来た少年だ。
「今日も逃げたのか。あの巨人が誰の神に挑んでいるかわかっているのか」
兄たちは鼻で笑った。「何しに来た。誰と戦えるか見たくて来たのか」
ダビデはサウルのもとへ行った。
「わたしがあの男と戦います」
「お前は子供だ。あの男は若い頃から戦士だ」
「わたしは父の羊を守っていて、熊や獅子に子羊を取られたら、追いかけて喉を掴んで羊を助けた。その熊も獅子も殺した。あの男も同じだ」
サウルは自分の鎧を着せようとした。ダビデは断った。
「これで戦ったことがないので、動けません」
鎧を脱いだ。杖を一本取った。川で石を五個拾ってポケットに入れた。投石器を手に取った。
ゴリアテが近づいてくるのを見て、ダビデも走った。
ゴリアテは笑った。
「棒を持った子供を送ってきたのか。来い、お前の肉を鳥と獣に与えてやる」
ダビデは叫んだ。
「お前は剣と槍と投げ槍で来るが、わたしはお前が侮辱した生ける神の名で来る! 今日、この集まり全員が見ている前で、神は戦いを勝たせてくださる!」
投石器に石を装填して走りながら放った。
石はゴリアテの額に当たった。
巨人はどうと倒れた。
ダビデはゴリアテの剣を抜き、首を切った。
ペリシテ人は逃げた。
この一場面が、ダビデという人物の全てを示している。
鎧を断って石を五個選んだ男。武器は粗末でも、信じているものは揺るがなかった。
「ダビデが一万を討った」という歌が民の間に広まった。
「サウルは千を討った」という歌もあった。
サウルは顔色を変えた。




