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番外編:パパの帰宅阻止 レインハルトside

 王都での長く退屈な会議を終え、僕を乗せた馬車がようやく公爵邸の門をくぐった。

 窓の外には、見慣れた広大な庭園と、夕闇に沈みかけた豪奢な本館、そして愛しい妻が待つ別館のシルエットが浮かんでいる。

 数日間の地方視察から戻り、そのまま魔法省での公務をこなした身体は、確かな疲労を訴えていた。

 だが、そんなものは別館で待つシャルロットの顔を見れば、一瞬で吹き飛ぶ程度のものだ。


 早く彼女の柔らかい身体を抱きしめ、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込みたい。

 そんな切実な渇望を抱えながら、馬車が本館の玄関寄せに停車したその瞬間だった。


「む……?」


 ――シュッ!!


 馬車の扉を開けて石畳に足を踏み降ろそうとした僕の鼻先を、鋭い風の刃が掠め飛んだ。


 風の刃は玄関の柱に直撃し、鼓膜を劈くような破壊音と共に大理石を抉り取った。

 ただのイタズラにしては、殺傷力が高すぎる。

 だが、その魔力の波長には見覚えどころか、嫌というほど馴染みがあった。


「……なるほど。そういうことか」


 僕はため息をつきながら、飛来する二発目、三発目の風の刃を指先一つで弾き落とした。


 邸の敷地内に侵入者が入り込む余地などない。

 こんな凶悪で、かつ緻密に計算された魔法のトラップを仕掛けられるのは、我が公爵家の血を引く者たちだけだ。


 原因は明白である。

 僕の子供たちは、全員が筋金入りの「ママっ子」だった。


 七歳の長男リオンを筆頭に、五歳の双子アルテミスとサリエス、そして三歳のリリアンまでもが、母親であるシャルロットを異常なほどに慕っている。

 それ自体は微笑ましいことなのだが、問題は、僕が彼ら以上に妻を愛し、独占したがる性質であることだ。


 僕が公務から帰還すれば、シャルロットの時間はすべて僕のものになる。

 それを阻止し、愛する母親との団らんを死守するため、彼らはついに「父上の別館到達を阻止する」という実力行使に出たらしい。


「やれやれ、あとでお仕置きが必要だな……」


 小さくごちながら、僕は悠然とした足取りで玄関の扉を開け放った。

 本館から別館へと続く長く美しい回廊は、さながら死の罠が張り巡らされた迷宮と化していた。

 一歩足を踏み入れた途端、天井から色とりどりのスライムの雨が降り注いできたのだ。


「ええいっ、パパをやっつけろー!」


 物陰から聞こえてきたのは、三歳の愛娘、リリアンの舌足らずな声である。

 無邪気な声とは裏腹に、落下してくるスライムは強力な粘着力と、衣服を溶かす微弱な酸を帯びていた。


 シャルロットに会う前に、服を汚されるわけにはいかない。

 僕は瞬時に不可視の魔力障壁を展開し、降り注ぐスライムをすべて空中で凍結させた。


 床に落ちて粉々に砕け散る氷の塊を一瞥し、僕は歩みを止めずに指先を弾く。


「リリアン。魔力の練り方は良いが、威力が足りないね」


 僕が修復の魔法を詠唱すると、凍りついたスライムは光の粒子となって消え去り、汚れた絨毯は一瞬で新品同様の美しさを取り戻した。


 回廊の中間地点に差し掛かると、今度は両サイドの壁から、轟音と共に猛烈な炎と水流が渦を巻いて襲いかかってきた。


「サリエス!今よ、せーのっ!」

「アルテミス、炎をもっと強くして!お水を蒸発させて目隠しにするんだ!」


 五歳の双子による、見事な連携魔法だった。

 炎と水が衝突することで発生した大量の高熱の蒸気が、視界を完全に奪い、同時に僕の魔力探知を撹乱しようとする。


 五歳児の思いつきにしては、なかなかに悪辣で素晴らしい戦術だ。

 僕はもう一度、深く長いため息を吐いた。


「視界を奪う発想は評価しよう。だが、詰めが甘い」


 僕は軍靴で床を強く踏み鳴らし、全身から圧倒的な魔力の波動を爆発させた。

 ただの魔力の放出による衝撃波が、立ち込める高熱の蒸気を一瞬にして吹き飛ばし、廊下の両端に隠れていた双子の姿を露わにする。


「うわあっ!?」

「きゃああっ!お父様、反則!」


 尻餅をついた二人に軽く手を振りながら、僕は焼け焦げた壁紙と水浸しになった床に修復魔法をかけていく。


「サリエス、アルテミス。蒸気を利用するなら、相手の呼吸を封じるために風魔法を併用すべきだったな。あとでお説教だ」


 破壊と再生を繰り返しながら、僕はついに別館へと続く最後の扉の前に到達した。


 そこに立っていたのは、七歳にしてすでに僕の冷酷な面差しを受け継いでいる長男、リオンだった。

 彼の手には、子供用の訓練剣が握られており、その刀身には高密度の魔力がバチバチと音を立てて纏わりついている。


「お帰りなさいませ、父上。ですが、ここから先へは通しません」

「……リオン。随分と手の込んだお出迎えをしてくれたものだ。妹や弟たちをけしかけたのはお前だな?」


 僕が静かに問いかけると、リオンは怯むことなく、その金色の瞳で僕を真っ直ぐに睨み返してきた。


「父上は、いつも母上を独り占めしすぎなのです。母上は僕たちの母上でもあるのに、父上が帰ってくると、僕たちは部屋から追い出されてしまう!」

「当たり前だ。僕の妻だぞ」

「理不尽です!今日という今日は、僕たちが母上と一緒に寝る権利を勝ち取ってみせます!」


 宣戦布告と共に、リオンが床に描かれた複雑な魔法陣を起動させた。


 大気を震わせるほどの重圧が廊下を支配し、無数の光の槍が僕めがけて全方位から殺到する。

 七歳児の放つ魔法としては、間違いなく規格外の威力だった。


 我が息子の恐るべき才能の開花に、僕は父親として僅かながらの誇りを感じずにはいられなかった。

 だが、それとこれとは話が別である。

 僕のシャルロットとの甘い時間を邪魔する者は、たとえ実の息子であろうと容赦はしない。


「……リオン。魔法の構成も、発動のタイミングも完璧だ。だがね」


 僕は迫り来る光の槍を避けることすらせず、ただ右手を軽く前に突き出した。

 たったそれだけの動作で、リオンが構築した複雑な魔法陣はガラスが割れるように粉々に砕け散り、光の槍は空中で霧散した。

 圧倒的な魔力差による、力任せの魔法の強制解除。


「力の絶対値が足りていない。僕を止めるつもりなら、最低でもこの程度の魔法陣は無詠唱で展開できるようになってから出直してきなさい」

「くっ……!やはり、バケモノ……」


 膝をつき、悔しげに唇を噛むリオンを見下ろし、僕は薄く冷酷な笑みを浮かべた。


「全員、明日の座学と魔法訓練は三倍に増やしてやろう。覚悟しておくことだ」


 罠を仕掛けた首謀者たちを沈黙させ、壊れた廊下を完全に元通りに修復し終えた僕は、乱れた軍服の襟を正して別館の扉を開いた。


 防音魔法が完璧に施されたその部屋の中は、外で繰り広げられていた壮絶な魔法戦の気配など微塵も感じさせない、暖かで平和な空気に包まれていた。


「あら、レインハルト様!お帰りなさいませ」


 ソファで本を読んでいたシャルロットが、僕の顔を見るなりパァッと花が咲いたような笑顔を見せて駆け寄ってくる。

 僕は彼女の細い腰を抱き寄せ、その柔らかい唇に深く、深く口付けを落とした。


「ただいま、僕の愛しいシャルロット。君に会いたくてたまらなかったよ」

「もう、子供みたいに甘えて……。お疲れ様でした。お夕食になさいますか?それともお風呂?」

「君がいい。今すぐ、君を僕の成分で満たしたい」

「ひゃっ……!またそんな、情熱的な……」


 真っ赤になって恥じらう妻を抱き上げ、僕は寝室へと足を踏み入れた。


 扉の向こうで、無残に散っていった哀れな子供たちが怨嗟の声を上げているかもしれないが、僕の知ったことではない。

 明日の厳しいお仕置きの前に、今夜はこの美しい妻をたっぷりと泣かせる予定なのだから。


 僕は満足げに微笑みながら、寝室の扉に何重もの強固な施錠魔法をかけたのだった。








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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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