24_鑑定の鏡(ディサーン・ミラー)
教授たちの間でざわめきが広がりました。
否定できない事実が、わたしの周囲に包囲網を築いていきます。
魔法は使えないままだけれど、わたしに纏うこの魔力の源泉は、おそらくレインハルトさまから受け取ってしまったもの……。
頭が真っ白になりかけた瞬間、レインハルト様が静かに笑いました。
「面白いね」
「……レインハルト様?」
「疑いというのは、証明ができないからこそ燃える。だが学術的には、検証可能な疑いは歓迎すべきだ」
歓迎しないでくださいませ!
わたしの心の叫びは喉の奥で凍りました。
クラリス様は、理を詰めるように一歩前へ出ます。
「わたくしは可能性を一つずつ検証し、排除しているだけですわ。エリュシオン嬢の周囲では偶然では説明のつかない不可解な現象が重なりすぎています。たとえば先日、夕刻の校門周辺で人々が……言葉を失うほど、異様な熱に浮かされたと聞きましたわ。その後、慌てた様子でレインハルト様が彼女を抱きかかえ空へと舞い上がったと」
「……っ…………」
わたしは息を呑みました。
あの日。
あの夕暮れ。
わたしがレインハルト様に「抱きしめてほしい」と縋った、あの日。
知られている。
見られていた。
噂になっていた。
(……わたしのせいで、また、彼に……)
罪悪感が胃の底を殴ります。
けれど、レインハルト様は平然としていました。
「校門周辺の混乱は事実だ。だが原因は複合的だろう。夕刻の魔力変動、気圧、密集による情動の連鎖――」
「言葉遊びは結構ですわ」
クラリス様の声が鋭く跳ねます。
「わたくしは、“痕跡”だけでも確認すべきだと申しております。学園には隠された術式の残滓を視認する鏡の魔道具がございます。論より証拠。あれを使えば、一目で結論が出ますわ」
学園長が管理委員へ目配せしました。
「……ふむ。エリュシオン君、君に後ろ暗いところがないのであれば、鑑定の鏡による検査を受けてもらいたい。これは魂に刻まれた『属性』と、現在受けている『魔法的影響』をすべて映し出すものだ。……拒否は許されない」
学園長が手をかざすと、部屋の奥から巨大な、紫色の水晶を嵌め込んだ鏡が運ばれてきました。
【真理を穿つ鑑定鏡】
それは対象の真実を偽りなく暴き出す、王国でも数少ない魔道具です。
これに映れば、わたしの中に流れる「淫魔の血」も、そしてその禍々しい本能も、すべてが白日の下に晒されてしまうのでしょうか。
わたしは目眩がしました。
もし、わたしの正体が公になれば、わたしは学園を追われるだけでなく、魔物として処刑、あるいは幽閉されるかもしれない。
レインハルト様とのあの甘い日々は、ここで終わってしまう。
「レインハルト様……」
わたしは隣に立つ彼の腕に縋りつきました。
指先は震え、涙で瞳は潤みかけていました。
けれどレインハルト様は、驚くほど穏やかな……いえ、どこか「愉悦」さえ孕んだ表情でわたしを見下ろしました。
「……大丈夫だ、シャル。何も心配しなくていい。この鏡が『どのような仕様』で真理を定義しているか、僕は熟知している。そのまま、彼らの好きにさせなさい」
「え……?」
彼の言葉に、わたしはハッとしました。
彼は知っているはずです。
わたしの血の秘密を。
なのに、この余裕。
彼には確かな「勝算」があるのだと、その黄金の瞳が告げていました。
(……大丈夫。レインハルト様がいらっしゃる)
怯えるのはもうやめよう。
わたしは震える指先に力を込め、すっと背筋を伸ばしました。
わたしは彼に守られるだけの存在ではなく、彼の共犯者として並び立つと決めたのです。
「鑑定を受けるというのか、ヴァルテンベルク研究士官生。……君の婚約者の正体が、どのようなものであれ、私は真実を公表せねばならんのだぞ」
学園長の警告に、レインハルト様は鼻で笑いました。
「構いません。……ただ、一つだけ言っておきましょう。真実というものは、ときにそれを暴こうとした者にとって、もっとも残酷な毒となる。……ヴァレンティーヌ伯爵令嬢、貴女もその覚悟はできているのだろうね?」
「……ええ、もちろんですわ! 正義はわたくしにあります!」
クラリス様が胸を張ります。
その横で、わたしは静かな覚悟と共に、鏡の前に進み出ました。
「……鑑定をはじめる」
学園長が呪文を唱えると鏡の表面が波打ち、眩いばかりの光が溢れ出しました。
わたしの心臓は激しく打ち鳴らされます。
(わたしは逃げませんわ。あなたを信じると決めたのですから――!)




