25_真実の光、あるいは愛の証明
鏡面がわたしの姿を映し出しました。
はじめは通常の姿。
けれど、すぐにその内側から「魔力の流れ」が可視化されていきます。
トロリとした粘度の高い濃密な魔力の奔流。
クラリス様が身を乗り出しました。
「見なさい! この異常な魔力! やはり彼女は、不浄な何かを……」
しかし次の瞬間。
鏡から溢れ出したのは、どす黒い闇の魔力でも、禁忌の術を使用した痕跡でもありませんでした。
それは目を焼くような、あまりにも強烈で、そして純粋な「黄金の輝き」でした。
「な、……なんですの、この光は……!?」
クラリス様の声が裏返りました。
鏡の中に映し出されたのは、シャルロット・エリュシオンという一人の人間を、内側からも外側からも、隙間なく埋め尽くすようにして支配している、圧倒的なまでの「供給の鎖」。
「これは……これはまさか、……『魔力供給』……!? いや、そんなレベルではない! 存在そのものを丸ごと上書きしてしまうような、……これは、魂の契約……!?」
教授の一人が椅子から転げ落ちそうになりながら叫びました。
鏡が映し出した真実は、わたしの血の正体ではありませんでした。
それはレインハルト・イル・ヴァルテンベルクという最強の魔導師が、その膨大な、一国を支えるほどの魔力をすべてわたしという一個人のためだけに、しかも絶え間なく注ぎ込み続けたという、あまりにも重厚な「愛の記録」だったのです。
「……信じられん。これほどの魔量を人間に流し込めば、普通は肉体が崩壊する……。それを、彼女の身体が……、いや、希少な『魔力適応体質』が、すべてを受け入れて吸収してしまったというのか……??」
学園長の言葉にわたしは顔から火が出るほど赤くなりました。
鏡が分析結果を冷酷なまでに弾き出します。
【鑑定結果】
魔力変異:正常(二次成長の加速)
原因:特定個人による過剰な魔力供給、およびそれに伴う細胞の活性化。
汚染の有無:無し。
残留思念:『独占』『渇望』『愛執』――すべて同一人物のもの。
「……な、……な、……」
クラリス様は言葉を失いました。
『禁忌の魔術』の正体は悪魔との契約などではなく、彼女が尊敬してやまない完璧な貴公子の、度を越した「執着」そのものだったのです。
「……言っただろう、学園長。彼女が急激に成長したのは、僕が彼女を一人の女性として、僕の魔力で隅々まで愛した結果に過ぎない」
レインハルト様が冷ややかな、けれど昏い愉悦を含んだ声で告げました。
「あの『魔力波形の乱れ』も、同様だ。……僕があまりに彼女に魔力を注ぎ込みすぎたため、彼女の身体から溢れた僕の魔力が周囲に影響を与えてしまった。……いわば、僕たちの『仲の良さ』が、学園の結界を少しだけ狂わせてしまった……。それだけの話です。……違いますか?」
「そ、そんな……そんな非論理的なことが……! わたくしは、正義のために……学園の秩序を守るために……っ」
「秩序?…ああ、これこそが僕にとっての秩序だよ。……彼女を自分だけのものにするためなら、魔導の歴史も世界の理屈も書き換える。……『凡庸な魔導師』には、一生理解できない領域かもしれないね」
クラリス様は、まるで足場を奪われたように立ち尽くしました。
彼女が誇っていた魔導の知識も、理性的な監査も。
レインハルト様という最強の魔導士が持つ、一人の女への底なしの愛の前では、まったく通用しなかったのです。
「……あり得ませんわ。……理屈が、論理が追いつきません……。ですが」
クラリス様はギリッと唇を噛み、決して折れない瞳でレインハルト様を、そしてわたしを睨み据えました。
「これで終わったとは思わないでください。……わたくしには理解できない。けれど、この異様さを『ただの愛』として片付けるほど、わたくしは愚かではありませんわ」
彼女は敗北を認めながらも、その理性と探求心だけは決して手放しませんでした。
踵を返し、真っ直ぐに退出していくその背中は、再びわたしたちの前に立ち塞がる日を予感させる、知的な強さに満ちていました。
「……鑑定は終了だ。学園長、彼女に非がないことは、この鏡が証明した。……それとも、まだ何か確認したいことでもあるのかな? 今度は僕の魔力を直接、君たちに『供給』してあげてもいいが?」
「い、いや……もう結構だ。十分に理解した。……ヴァルテンベルク君、あまり羽目を外しすぎるなよ。学園の安全管理予算を、君の『惚気』の後始末で使い切るわけにはいかんのだ」
学園長が疲れ果てたように手を振りました。
教授たちもあまりにも濃厚すぎる「真実」に当てられたのか、気まずそうに視線を逸らしています。
レインハルト様はわたしの肩に回した腕に力を込め、わたしを引き寄せるようにして部屋を後にしました。
廊下に出ると、お昼前の喧騒がわたしたちを包み込みました。
わたしは、安堵と恥ずかしさで、今にも泣き出しそうでした。
「レインハルト様……っ。わたし、本当に怖かったですわ……」
「シャルロット……。だから大丈夫だと言っただろう? あの程度の魔道具では君の中に眠るリリスの真実には辿り着けない。……僕の魔力が、君を完璧に『覆い隠している』からね」
誰もいない庭園まで来ると、彼は足を止め、不意にわたしの顎を掬い上げました。
「あの鏡に映ったのは、君の表面を覆う僕の魔力……いわば僕という男の『所有印』だ。……リリスの本能は僕の魔力と混ざり合い、もはや誰にも解き明かすことはできない」
「……計算、通りだったのですか?」
「……どうだろう、あの魔道具の特性は分かっていたから、おそらくこう転ぶであろうとは思っていたけれど。……思惑通りに運ばなかったとしても、彼らを別の方法で捻じ伏せようとは考えていたさ」
いつも通りの完璧な彼。
知識も魔力も権力も、すべてを支配している異能の才。
けれど――わたしは、彼からすっと一歩だけ離れ、その大きな両手を自分の手で包み込みました。
「ん……?」
「わたし、もう怯えるのはやめますわ」
彼の黄金の瞳が、僅かに見開かれます。
わたしは彼の手のひらに頬をすり寄せ、真っ直ぐに彼を見つめました。
「貴方がわたしを隠し、守ってくださった。……だからこれからは、わたし自身が、この秘密を貴方と共に背負いますわ。学園の皆を欺き、クラリス様を欺き……もしも世界を欺くことになろうとも。わたしは、貴方と共に……貴方の隣に立ちます」
彼に守られるだけではない。
わたし自身が選んだ道です。
その言葉を聞いた瞬間、最強の魔導師であるはずの彼の表情がまるで予想外の魔法を受けたように、ほんの少しだけ崩れました。
知識も力も関係ない、ただの男としての顔。
彼は深く息を吐き出すと、わたしの言葉ごと封じ込めるように額を押し付けてきました。
「……君は本当に……僕の計算を狂わせる」
彼の指がわたしの首筋に刻まれた、彼だけの魔力の痕跡をなぞります。
その指先が触れるたび、わたしの身体から再びとろりと甘い「蜜の香り」が漏れ出していく。
「……さて。検査のストレスで君の魔力がまた乱れているようだ。……今夜も、ヴァルテンベルク邸でじっくりと『調整』してあげないとね」
彼の黄金の瞳が、校舎の影の中で禍々しく、そして愛おしく光りました。
学園中に知れ渡った、二人の「濃厚すぎる愛」。
わたしは彼が作り上げた黄金の檻の中で、一生逃げられない愛の地獄へと――わたし自身の意志で、再び堕ちていくのでした。




