22_鑑定の鏡(ディサーン・ミラー)
教授たちの間で、ざわめきが広がりました。
否定できない事実が、わたしの周囲に包囲網を築いていきます。
魔法は使えないままだけれど、わたしに纏うこの魔力の源泉は、おそらくレインハルトさまから受け取ってしまったもの……。
頭が真っ白になりかけた瞬間、レインハルト様が、静かに笑いました。
「面白いね」
「……レインハルト様?」
「疑いというのは、証明ができないからこそ燃える。だが学術的には、検証可能な疑いは歓迎すべきだ」
歓迎しないでくださいませ!
わたしの心の叫びは、喉の奥で凍りました。
クラリス様は、勝ち誇ったように一歩前へ出る。
「エリュシオン嬢の周囲では、不可解な現象が起こっております。夕刻、校門周辺で人々が……言葉を失うほど、異様な熱に浮かされたと聞きましたわ。その後、慌てた様子でレインハルト様が彼女を抱きかかえ空へと舞い上がったと」
「……っ…………」
わたしは息を呑んだ。
あの日。
あの夕暮れ。
わたしがレインハルト様に「抱きしめてほしい」と縋った、あの日。
知られている。
見られていた。
噂になっていた。
(……わたしのせいで、また、彼に……)
罪悪感が、胃の底を殴る。
でも、レインハルト様は平然としていた。
「校門周辺の混乱は事実だ。だが原因は複合的だろう。夕刻の魔力変動、気圧、密集による情動の連鎖――」
「誤魔化さないでくださいませ!」
クラリス様の声が鋭く跳ねる。
「わたくしは、“痕跡”だけでも確認すべきだと申しております。学園には、禁呪反応を視認する鏡の魔道具がございます。あれならば、危険な術式の残滓があれば映りますわ」
学長が管理委員へ目配せした。
「……ふむ。エリュシオン嬢、君に後ろ暗いところがないのであれば、鑑定の鏡による検査を受けてもらいたい。これは魂の根源に刻まれた『属性』と、現在受けている『魔法的影響』をすべて映し出すものだ。……拒否は許されない」
学園長が手をかざすと、部屋の奥から巨大な、紫色の水晶を嵌め込んだ鏡が運ばれてきました。
【真理を穿つ鑑定鏡】
それは、嘘や偽装を許さない、王国でも数少ない国宝級の魔道具です。
これに映れば、わたしの中に流れる「淫魔の血」も、そしてその禍々しい本能も、すべてが白日の下に晒されてしまう…?
わたしは目眩がしました。
もし、わたしの正体が公になれば、わたしは学園を追われるだけでなく、魔物として処刑、あるいは幽閉されるかもしれない。
レインハルト様との、あの甘い、地獄のような幸せは、ここで終わってしまうのだ。
「レインハルト様……、……っ」
わたしは、隣に立つ彼の腕に縋りつく。
指先は震え、涙で瞳は潤みかけていました。
けれど、レインハルト様は、驚くほど穏やかな……いえ、どこか「愉悦」さえ孕んだ表情でわたしを見下ろしました。
「……大丈夫だ、シャル。何も心配しなくていい。そのまま、彼らの好きにさせなさい」
「え……?」
彼の言葉に、わたしは耳を疑いました。
彼は知っているはずです。
わたしの血の秘密を。
なのに、なぜこれほどまでに余裕でいられるのでしょう。
「鑑定を受けるというのか、ヴァルテンベルク研究士官生。……君の婚約者の正体が、どのようなものであれ、私は真実を公表せねばならんのだぞ」
学園長の警告に、レインハルト様は鼻で笑いました。
「構いません。……ただ、一つだけ言っておきましょう。真実というものは、ときにそれを暴こうとした者にとって、もっとも残酷な毒となる。……ヴァレンティーヌ伯爵令嬢、貴女もその覚悟はできているのだろうね?」
「……ええ、もちろんですわ! 正義はわたくしにあります!」
クラリス様が胸を張ります。
その横で、わたしは絶望的な気持ちで鏡の前に立たされました。
「……鑑定をはじめる」
学園長が呪文を唱えると、鏡の表面が波打ち、眩いばかりの光が溢れ出しました。
わたしの心臓は、壊れそうなほど激しく打ち鳴らされます。
(ああ、神様。どうか……どうか、彼との日々を奪わないで……)




