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黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜  作者: 雪白めると
【第一部 三幕:理性の瓦解、暴走する香り】
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20_聖なる検体と、賢者の迷走・朝の陣


 翌朝、王立ラピスラズリ学園の廊下には爽やかな朝陽が差し込んでいましたが、わたしの胸中は昨夜の「宿題」のことで嵐のように荒れ狂っていました。


 手の中にあるのは、昨夜、自室で悶絶しながらもなんとか規定量を満たした、一本の試験管。


(これを提出すれば、レインハルト様の研究が進み、わたしたちの未来が拓ける……!)

 

 そう自分に言い聞かせます。

 けれど同時に、昨夜彼が血を流してまで暴走を止めた姿が脳裏をよぎりました。


(でも、あの香りがまた彼を狂わせてしまうなら……、すぐに距離を取らなくては)


 自分の持つ加害性に少しだけ自覚的になったわたしは、不安を抱えながら、昨日と同じ研究室の扉を勢いよく開けました。


「失礼いたします、レインハルト様! 検体を持ってまいりましたわ!」


 わたしの声に、机で何やら複雑な数式を書き殴っていたレインハルト様が跳ねるように肩を揺らしました。

 その目の下には、うっすらと隈が。

 ……まさか、一睡もなさっていないのでは?


「……あ、ああ、シャルロットか。おはよう。……早かったな」

「はい! 昨夜、ベッドの中で何度も貴方のことを思い浮かべながら。……あ」


 口を滑らせたわたしの言葉に、レインハルト様が手に持っていた羽根ペンが、ピキッと音を立てて折れました。


「……ベッドで。僕を。思い浮かべながら、……それを?」

「ち、違いますの! 学術的な意味で、その、集中力を高めるためにですわ!」


 わたしは真っ赤な顔で昨夜の努力の結晶である試験管を差し出しました。

 朝の光に透けるそれは、どこか神々しくすらあります。


 レインハルト様は震える指先で試験管を受け取りました。

 彼はそれを、まるで伝説の聖遺物でも扱うような手つきで目の高さに掲げ、まじまじと見つめます。


「……素晴らしい。不純物のない、純粋な君だけの検体だ。これを分析すれば、君の芳香分子が僕の脳内魔力物質に与える影響を、完璧に数値化できる……」


 彼はブツブツと独り言を言いながら、おもむろに試験管の栓を抜きました。

 その瞬間。


「あ……」


 閉じ込められていた濃縮された「蜜の香り」が、春の突風のごとく室内に解き放たれました。


 昨日、彼に愛撫された記憶。

 抱きしめられた熱量。

 そんなわたしの「高揚」が詰まった香りは、狭い研究室を一瞬にして淫靡な甘さで支配してしまったのです。


「……っ!!」


 レインハルト様の黄金の瞳が、カッと見開かれ栓を床に落としてしまいました。

 みるみるうちにその瞳孔が濁り、理性の壁がガラガラと音を立てて崩落していくのが目に見えるようです。


「レ、レインハルト様? お顔が怖いですわ!」

「……シャルロット。君は、自分が何を提出したか分かっているのか。これは検体などではない。……僕を殺すための、最強の触媒だ……! はぁ、はぁ……っ! 離れろ、シャルロット! 今すぐ僕から三メートル……いや、十メートルは離れるんだ!」


(やっぱり、こうなってしまうのね……!)


 わたしは彼をこれ以上苦しめまいと、慌てて後ずさろうとしました。


「ご、ごめんなさい! わたし、すぐに外へ――」


 しかし、逃げようと踵を返したわたしのスカートが机の角に引っかかり、バランスを崩してしまいました。


「きゃっ!」


 倒れそうになるわたしを庇おうと、彼が手を伸ばします。

 香りの源泉であるわたしが彼に飛び込んでしまう。


 絶望した彼はついに禁じ手に出ました。


「『大気に漂う冷気よ、我が理性の糧となれ!』……【瞬間結氷インスタント・フリーズ】!!」


 パキパキパキッ!!


 凄まじい魔力が炸裂し、次の瞬間、レインハルト様の足元から腰のあたりまでが、巨大な氷の塊に閉じ込められました。

 わたしはギリギリのところで彼の胸に激突するのを免れましたが、代わりに彼の腕にすっぽりと収まる形になってしまいました。


「ええええっ!? ご自分に氷結魔法を!?」

「こうでも……しないと……っ、僕の……僕の中の『獣』が、君を食い散らかしに……行ってしまう……ッ!」


 氷漬けになりながら、肩で激しく息をする王国最強の魔導師。

 しかし、氷で冷やしているはずなのに、彼の顔は茹で上がったように赤く、耳からは蒸気が出そうなほどです。


 さらに悪いことに、彼が手放さなかった試験管からは、いまだに甘い香りが漂い続けています。


「レインハルト様、まずはその試験管に栓をしましょう! はい、あーん……じゃなくて、渡してください!」

「動くんじゃない! ……あぁ、もう、なんていい匂いだ……。シャル、君の唾液を分析する前に、僕が摂取してしまいそうだ……」

「それは分析ではなくただの接吻ですわ!」


 わたしは滑る氷の上を必死に踏ん張り、彼の腕の中から試験管を取り返そうとしました。

 けれど、身じろぎするたびに密着した身体が擦れ合い、わたしの「焦燥」と彼の「本能」が、至近距離で激突します。


 ――だめ。

 わたしから離れなければ、本当に彼を壊してしまう。


 わたしは彼の腕から逃れようと必死に身を捩りました。

 けれど、彼に抱きすくめられたままで、力では到底敵いません。


「……シャルロット。君、わざとやっているだろう。胸が、腕に当たって……」

「わざとじゃありませんわ! 氷が滑るんですもの!」

「……ハァ、もう……分かった。魔法学園の予算で、僕の精神安定剤を大量発注しておく……」


 結局、レインハルト様は自力で氷を砕くと、荒い息を吐きながらも強靭な自制心で検体(試験管)を魔力封じの金庫の奥深くに放り込み、三重の封印魔法をかけました。


 彼の黄金の瞳が静かな絶望と、隠しきれない飢えを孕んでわたしを射抜きました。


「これは本当に危険だ。もし仮に摂取してしまったら……最悪の場合、僕は公衆の面前だろうがなんだろうが君を犯してしまう、そして、君がその場にいなければ発狂してしまうかもしれない……」


 冗談ではない響きに、わたしの背筋がゾクリと凍りつきました。

 最強の触媒。

 それがわたしの生み出したものなのだと、改めて思い知らされます。


「分析は……僕の心が、もう少し鋼のようになってからにする」


 研究室を出る際、彼はボロボロになった姿で、けれど逃がさないとばかりにわたしの手首を掴み、耳元にこう囁きました。


「……今日は一緒に帰ろう。試験管越しじゃなく、直接『検体』を……いや、君のすべてを、研究しなければならない。……猶予は、長くないからね」


 その声があまりにしっとりと色っぽく、そして切実だったので、胸の奥がまた危険な熱を帯びたのは言うまでもありません。








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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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