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黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜  作者: 雪白めると
【第一部 三幕:理性の瓦解、暴走する香り】
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19_賢者の決壊、そして宿題

「た、体液……ですか?」

「唾液で構わない。さあ」


 彼は震える手で、透明な試験管を差し出してきました。

 わたしは戸惑いながらも協力しようとしましたが、緊張のせいで数滴しか取れません。


「……足りないな。最低でも十ミリリットルは必要だ」

「十ミリ!? そんな、すぐに出せる量ではありませんわ!」

「……興奮すれば、出るのではないだろうか?」

「――ええっ?……で、では……」


 わたしは一瞬ためらいましたが、同時に胸の奥で、仄暗い熱が甘く囁くのを感じました。

 自分の香りが彼に及ぼす影響を知りながら、それでも「彼の研究の役に立ちたい」という名目を盾にして、もっと彼に触れたいと願ってしまったのです。


 わたしはわざと距離を詰め、彼を見上げました。


「レインハルト様。わたしを抱きしめてくださいまし。……そうすれば、きっと……」


 半ば意図的なわたしの誘惑に、彼は「くっ……」と呻きながらも抗えず、椅子を蹴るような勢いで立ち上がり、わたしを背後から抱きしめました。


「これで……いいだろうか……?」

「はい……もっと……強く……」


 耳元に、彼の熱い吐息がかかります。

 吸い付くような、甘く切ない口付けが耳たぶに落とされた瞬間、わたしの肌から溢れる「誘惑の香り」が爆発的に膨れ上がりました。


「あ、あぁ……っ」

「シャル……なんて、匂いを……っ。……っはぁ……はぁ……」


 彼はわたしの肩に顔を埋め、理性を繋ぎ止めようと必死に呼吸を繰り返します。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ、引き続き……唾液のサンプルを採取して……はぁ、……」

「は、はい……!……」


 わたしは試験管を握りしめ、唾液を落としていきます。

 しかし高身長な彼に羽交い絞めにされ、その上ガタガタと震えられると、狙いが逸れそうになります。


 ここまでは、よかったのです。

 けれどわたしは、さらに一歩踏み込んでしまいました。


「レインハルトさま、もう少し……えっと、そうですわ、落ち着きましょう。ほら……」


 背後の彼に向かって上体を捻り、目元から頬下までそっと撫でた、その瞬間。


 すう、と彼の瞳から光が消え、魔力の圧が室内を歪めました。

 彼が荒々しくわたしの顎を捕らえ、その唇が今にもわたしのそれを塞ごうと迫ってきます。


(あ、キス、され――)


 わたしが目を閉じかけた、その時。


「…………っ!! だめだ……ッ!」


 弾かれたようにわたしを引きはがしたのは、レインハルト様の方でした。


 彼は真っ赤な顔で絶望に顔を歪めると、机の上に置いてあった分厚い魔導書――『高等魔導理論・実践編』をひっつかみ、ご自身の頭を思い切り殴りつけたのです。


 ――ゴンッ!!


 凄まじく鈍い音が、静かな研究室に響き渡りました。

 当たり所が悪かったのか、彼の額が僅かに切れ、つうっ…と鮮血が流れ落ちます。


 その赤い色を見た瞬間、室内の空気が完全に凍りつきました。


「レ、レインハルト様あぁ!? ご自分の頭を魔導書で殴るなんて! 血! 血っ……血がぁっ……!!」


 わたしは息を呑み、言葉を失いました。

 彼は本当に、狂いそうな自分を物理的な痛みで強制終了させたのです。


 わたしの浅はかな誘惑が彼をここまで追い詰めている。

 彼を狂わせ傷つけているのは、ほかならぬわたしの存在なのだと、その血が容赦なく突きつけてきました。


「……はあっ、はあっ…はぁっ…。こうでもしないと、君を今すぐこの机の上で押し倒して、研究どころではない事態にしてしまいそうなんだ……っ!」


 肩で激しく息をする彼の黄金の瞳は、いまだに昏い熱を孕んだまま、ギリギリのところで自制を保っていました。


 わたしは恐怖と罪悪感で、足がすくんで動けませんでした。

 彼はご自身の血を手の甲で無造作に拭うと、わたしが落としてしまった試験管を見て、深いため息をつきました。


「……検体がこぼれてしまったな。……これを持って帰ってくれ、シャルロット」


 彼は、洗浄済みの新しい試験管をわたしの手に握らせました。


「自宅で……一人で、リラックスしている時に、これを満たしてきてほしい。明日、必ず僕に提出するように。いいね?」

「あ……はい。努力いたしますわ」

「……あぁ、もう。今日は早く帰るんだ。これ以上君がここにいたら、僕は魔導書で自分の頭を叩き割る羽目になる」


 彼は顔を覆いながら、背を向けました。

 わたしは空の試験管を胸に抱き、逃げるように研究室を後にしました。


 ……明日、彼に「検体」を渡す時。

 わたしはまた彼を傷つけ、困らせてしまうのでしょうか。

 自分の持つ毒の恐ろしさと、それに相反する抗いがたい期待を胸に抱きながら、わたしは茜色の廊下を一人、重い足取りで歩き出すのでした。






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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
― 新着の感想 ―
レインハルト様、真剣なはずなのに端から見てるとギャグの挙動すぎて笑いが……!!
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