20_救世主、リオネルの察し
(彼女は……勘付いているの?)
(男性にしか感じられないはずの、わたしの『誘惑の香り』に……?)
今のところ、この香りのトリガーは、レインハルト様へのわたしの「欲情」であることは分かっています。
けれど、クラリス様は女学生の中でも群を抜いて敏感な水魔法の使い手。
香りを「匂い」としてではなく、大気を震わせる「異質な魔力波形」として感知しているのかもしれません。
「……まさか、エリュシオン嬢。貴女、何か『禁忌の術』でもお使いではなくて? レインハルト様の思考を奪うような、不浄な何かを」
「そ、そんなことは……っ!」
「いい加減にするんだ、ヴァレンティーヌ。僕が研究しているのは彼女の存在そのものだ。……他者が口を出す領域ではない」
レインハルト様がわたしの前に立ち、鉄壁の守護を見せます。
けれど、室内に立ち込める「しっとりとした熱気」と、隠しきれていない「錬成寝台」が、あまりにも説得力を欠いていました。
「け、け、け、け、研究って、エリュシオン嬢をですか!?なんのために彼女を!????」
「………愛の深淵を解明しようとしているだけだ」
「あ、あ、あ、愛の深淵ですってえぇぇぇっ!?ほんとうに一体どうなされたのですかッ!?ここ数日でのあなたの変わりようは普通ではありませんわ!?」
「…………ふう……、ヴァレンティーヌ。いい加減にしなさい。もともと僕と彼女は婚約者だろう。なんの不思議があるというんだ」
その声は、怒りが滲みはじめていました。
レインハルト様の周囲に金色の光が渦巻きはじめ、金粉のような粒子が舞い上がる。
彼の前髪がふわりと浮いたかと思うと、部屋中の空気が鳴動し始めた。
ゴトゴト……ガタガタ………。
「ひっ……!?」
「レインハルト様!?お止めになって……!!」
わたしが止めようとしたその時、廊下からバタバタと騒がしい足音が近づいてきました。
「――姉貴ッ!!やっぱりここにいたのかよ!イザベラ嬢が俺のとこまで来て…ッ」
現れたのは、クラリス様の弟、リオネルでした。
彼は息を切らしながら室内を見渡し、一瞬で状況を把握しました。
……いえ、把握しすぎて、その場に固まりました。
「…………。おい、姉貴」
「何かしら、リオネル。今わたくしは、魔導の正義についてお話ししているのよ」
「正義もクソもねーよ。……あそこに錬成されたベッドが見えねーのか?」
リオネルは研究室にはあまりに不釣り合いな豪華な寝台を一瞥し、天を仰ぎました。
そして、冷や汗を流しながら、依然として戦闘態勢の姉の腕を掴みました。
「いいか、姉貴。察してやれよ。……今のレインハルト様は『最強の魔導師』じゃねぇ。『最強に盛った婚約者』なんだよ。ここに居座るのは、火薬庫の中で火遊びするより危ねーぜ」
「何を……っ、失礼なことを! レインハルト様がそんな……!」
「いいから来いって! シャルロットも、変なことされる前に逃げろ……って、もう遅そうだな。レインハルト様、目がマジだもんな……」
リオネルは不憫なものを見る目でわたしを一瞥すると、「失礼しましたぁっ!」と叫んで、喚き散らすクラリス様を引きずるようにして去っていきました。
再び訪れた、重苦しいほどの静寂。
レインハルト様は扉に鍵をかけると、再びわたしの方へと向き直りました。
「……邪魔が入ったが。むしろ、今の騒動で君の鼓動はさらに速くなったようだ。……香りが立ち上がりはじめている」
彼はわたしの頬、唇とを撫でるようになぞり、ブラウスのボタンに手をかける。
「あ……っ、レインハルト、様……」
「研究は、まだ始まったばかりだ。……さあ、続きをしよう。今度は、誰にも邪魔させない」
黄金の瞳が、夕闇の中で禍々しく、けれど愛おしく光ります。
わたしは、再び錬成された寝台の上で、最強の魔導師による「徹底的な調査」を受け入れる準備をするのでした。
レインハルトが徐々に壊れていった第三幕、これにて終幕となります。
次回、第四幕の幕開け、ついにシャルロットがクラリスによって告発されてしまいます――、秘め事は守られるのか?そして新しい命の芽吹き……お楽しみに。




