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【完結】黄金の檻 〜冷淡だった最強魔導師が理性を失った理由〜  作者: 雪白めると
【第三幕:理性の瓦解、暴走する香り】
19/30

19_賢者の聖域、波乱の来訪者

夜更け、ヴァルテンベルク公爵家に一通の書状が届いた。

封蝋は端正で、筆跡もまた、育ちの良さを隠そうともしない。

——だからこそ、レインハルトは嫌な予感がした。

紙の上に並ぶ言葉は丁寧で、正しく、そして逃げ道がない。

それは“お願い”の形をした、通告だった。


======


拝啓 レインハルト・イル・ヴァルテンベルク公爵令息殿


突然の書状にて失礼いたします。

本来であれば直接お目にかかってお伝えすべき内容ではありますが、あなたのお立場とご多忙を鑑み、まずは文面にて要点のみ申し上げます。


結論から申します。

近頃、学園内において「結界出力の微細な乱れ」と、それに伴う「魔力波形の不規則な揺らぎ」が観測されております。

現段階では深刻な事故に至っておりませんが、波形の特性が“自然現象”として片づけるには不自然で、また学園の安全管理上、看過できない兆候です。


――この件、あなたも既に気づいておられるのではありませんか。


わたくしがこのように踏み込んだことを、無礼と感じられるかもしれません。

ですが、あなたが背負う責務の重さを理解しているからこそ、黙って見過ごすことができないのです。

王国最強の魔導師として、そして公爵家次期当主として、学園ひいては王都の秩序に関わる火種を、あなたが一人で抱え込む必要はありません。



“安全管理のための内部監査”という形式で、わたくしが観測と記録を引き受けます。


必要なのは三つだけです。


・研究棟付近の出力ログ(直近二週間分)

・結界増幅術式の構成要素(概要のみで結構です。詳細は不要)

・追加で必要な場合、“反応が最も強く出た時間帯”の簡易サンプル



わたくしは、あなたの負担を現実的に減らしたいのです。


学園の内部で、あなたの主導で、整えましょう。


お返事は、急ぎません。

ただし、わたくしはこの件を“問題化”させたくないだけで、放置するつもりもありません。

三日後までにご返答がなければ、学園の安全管理委員会へ、形式上の報告だけは上げます。

あなたの名は出しません。

ですが、監査の手続きが走り出すことになります。


――それだけは、あなたが望まれないであろう事態になります。


どうか、賢明な判断を。




魔法専科

クラリス・ヴァレンティーヌ




======



「はあ……脅迫状のつもりかな……?……」

ソファーに腰をかけて目を通していたレインハルトは、短くため息をつくとそのまま手紙を端からボロボロと黒い塵にして処分してしまった。



 ***


 あの「検体採取」の失敗は、レインハルト様にとって大きな転換点となりました。

 試験管の中に閉じ込められたわずかな液体では、わたしという深淵を解明することなど不可能だと悟ったのです。


「……シャルロット、試験管に頼るやり方は捨てる。あれでは、君という魔性のすべてを測ることなどできない」


 日が陰りだした魔法化学研究室の中、長いまつ毛を伏せたレインハルト様は、まるで国家の重大な秘術を語るかのような真剣な声音で、けれどその黄金の瞳には抗いがたい情欲を湛えてそう宣言しました。


 彼は指先ひとつで空中に複雑な術式を描くと、本来なら魔導書の山であるはずの場所に、最高級のシルクのような光沢を持つ「錬成された寝台ベッド」を出現させたのです。


「レ、レインハルト様、研究室でこのようなものを錬成なさるなんて……っ」

「これは学術的な補助具だ。君の魔力波形を……そして、その『誘惑の香り』が僕の理性を破壊するまでのプロセスを、最もリラックスした状態で観測する必要がある」


 あまりにも無理のある言い分。

 けれど、彼の黄金の瞳は獲物を逃さない猛獣の輝きを放っていました。

 わたしは抗うこともできず、彼に押し倒されるようにして寝台へと沈み込みます。

 彼の大きな手が、わたしの細い手首を頭上で優しく、けれど断固として固定した、その時でした。




 コンコン。



「……っ!?」


 静寂を切り裂くような、硬質なノックの音。

 レインハルト様の動きが凍りつきました。

 彼の額には研究熱心ゆえか、はたまた欲求不満ゆえか、一筋の汗が伝っています。


「レインハルト様? わたくしですわ、クラリス・ヴァレンティーヌです。魔導演算についての質問がございまして……」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、魔法専科の才女、クラリス様の涼やかな声でした。

 レインハルト様は、文字通り「殺意」に近い溜息を吐き出すと、乱れた衣服を指先一つの魔法で整え、入り口に張っていた遮音の結界をしぶしぶ解除しました。


「……何の用だろうか、ヴァレンティーヌ嬢。今は重要な『実験』の最中なのだが」


 扉が少しだけ開くと、そこには完璧な淑女の微笑みを湛えたクラリス様が立っていました。

 彼女の瞳には、レインハルト様への尊敬と、隠しきれない恋情が宿っています。

 魔導書を開きながら、クラリス様は続けます。


「あら、そんなに怖い顔をなさらないで。こちらの数式、どうしても貴方の助言が必要なのです。水と炎のエレメンツを掛け合わせた演算術式でして」

「――……あぁ。難解な数式が必要だ。辞書を開いて一度確認を…」


 クラリス様は、レインハルト様が辞書を手に取るために背を向けた隙を見逃しませんでした。

 彼女は半ば強引に、聖域である研究室へと足を踏み入れます。


「――まあ! エリュシオン嬢ではありませんか。……このような研究室にまでいらっしゃるなんて、驚きましたわ」


 彼女の視線が、寝台の端に腰を下ろしているわたしを捉えました。

 その瞳に、一瞬だけ鋭い「棘」が混ざります。


「お勉強の邪魔をしに来ては、レインハルト様も困ってしまわれるのではないかしら?ここは高度な魔導理論を語り合う場。…貴女のような、魔力も無い方が立ち入るべき場所ではなくてよ」


「え、ええと……そうですわよね、ごめんなさい……」


わたしが反射的に謝り、身を縮めると、レインハルト様の冷徹な声がそれを遮りました。


「シャル、謝らなくていい。……ヴァレンティーヌ、君こそ土足で踏み込みすぎだ」

「あら、わたくしはただ、学園の安全を案じているだけですわ」


 クラリス様は柔和な笑みを崩さず、けれどその目は獲物を探るように室内を走らせました。


「レインハルト様。最近、学園内で『原因不明の魔力波形』が観測されていると、昨日お手紙を出させていただきましたが、見ていただけまして?……先ほども、この部屋の周辺で、空間が微弱に揺らぐような……ええ、まるで甘く痺れるような『何か』を感じたのですが……まさか……?」


 クラリス様が、ちらりとわたしの方へ疑惑の視線を投げました。

 わたしは、心臓が跳ね上がるのを感じました。





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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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