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黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜  作者: 雪白めると
【第一部 三幕:理性の瓦解、暴走する香り】
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17_興行劇の闇、最強、キレる


 レインハルト様の声が、低く震えていました。

 振り向いた瞬間、彼の黄金の瞳が獣のように濡れているのに気づいて、背筋がぞくりとします。


「香り? わたし、さっきのクッキーの匂いしかしませんわ」

「違う。君の――」


 彼は唇をきつく閉じ、視線を舞台へ向けました。

 ヒロインが別の男に抱かれている、その光景に。


「……あぁ、……くそ、だめだ……、やめろ、僕。ここは……外だ……――」


 言い終える前に、彼の腕がわたしの腰を強く引き寄せます。

 そして、唇ではなく――無防備な首筋へ。


「ひゃっ……!」


 熱が触れ食むようなキスが落とされ、背中の筋が勝手に伸びました。

 耳の奥がじん、と熱くなります。

 たったそれだけなのに、身体の奥が甘く震えました。


「お、お待ちくださいませ! ここ、劇場ですよ……っ?」


 わたしは彼の胸に両手を当て、必死に押し返そうとしました。


「レインハルト様! こんなところでは……っ!」

「……嫌だ。君が他の男の演技を見て、そんな香りを立てているのが……たまらなく不快だ」

 

 吐息混じりの囁きが、ぞわりと背骨を撫でていきます。

 わたしの制止など全く意に介さず、彼はさらに深く首筋に顔を埋めました。


「そ、そんな、わたしはただ、あなたとの……」


 言いかけて、あまりに破廉恥な発言になりそうで、息を止めました。


 わたしは反射的に彼の外套をきつく握ることしかできません。

 だって、抱き寄せられると安心するのです、悔しいけれど。


「おおおー! お熱いねぇ!」

「劇より盛り上がってるぞ!」

「ひゅー! 旦那、やるじゃねぇか!」


 観客の囃し立てが一斉に飛んできて、びくりと体が跳ねました。


「はわわぁぁっ!?」


 わたしの悲鳴は、羞恥のものです。

 役者たちは舞台上で固まっているし、隣のカップルは「羨ましい!」みたいな顔をしているし、何よりレインハルト様が――。

 眉間に皺を寄せ、目を伏せ、真っ赤になっていました。


 平常時ならば絶対にしないであろう失態への恥ずかしさと、嫉妬と、独占欲が全部混ざり合った顔。

 最強魔導師が、今にも『感情』で魔法を放ちそうな顔です。


「……っ」


 彼が小さく息を吸った瞬間、わたしは悟りました。


(ま、まずいですわ――!)


「レインハルト様!? やめ――」


 わたしがその腕を両手で掴み、必死に止めようとした、その時でした。

 言い切る前に彼の魔力が息をしたのです。


 ――ゴォォォッ!!


 風がテントの中を爆走しました。

 彼の内側から制御不能なほどの膨大な魔力が溢れ出し、空気が軋み、テントが激しく振動し始めます。


 舞台の幕がちぎれ、椅子が倒れ、帽子が飛びました。

 役者の衣装が派手に翻り、観客の悲鳴が一斉に上がります。


「ぎゃあああっ!」

「テントがぁぁぁ!」

「風だ! 突風が吹いてるぞ!」

「魔法使いだ! 魔法使い様がキレたぞ!!」


 わたしがいくら腕を掴んで制止しても、もはや彼の暴走は止まりません。

 レインハルト様はわたしを抱きしめたまま、空いた左手を虚空へとかざしました。


 彼の黄金の瞳が、もはや人間のものではない、絶対的な支配者の輝きを帯びます。


「……邪魔だ」


 ドォォォォォンッ!!


 爆音とともに、超高密度の風魔法がテントの内側から炸裂しました。

 紫色の布地は一瞬にしてズタズタに引き裂かれ、木製の支柱は小枝のように折れ飛びます。

 観客たちは風圧に押されて四方八方へと転がり、舞台のセットは文字通り粉砕されました。


 一瞬にして賑やかだったテントは消滅し、そこには廃墟のような空間だけが残されました。

 足元には破れた幕が散乱し、転がった子供が火がついたように泣き出しています。

 舞台の役者たちは、粉々になったセットの前で口を開けたまま放心していました。


 涼やかな風が吹き抜ける空の下、レインハルト様は乱れた前髪を掻き上げ、肩で激しく息をしながらわたしを見下ろします。


「レインハルト様……テントが、劇が……」

「……構わない。君の香りを、あんな男たちに嗅がせたくないんだ」


 彼はわたしの首筋に顔を埋め、深く、深く、その芳香を自分だけのものにするように吸い込みました。

 その執着に満ちた仕草に、逃げ場のない嬉しさと、そして恐ろしさを感じます。


 ――これが彼の本当の力なら、いつか国一つくらい壊れてしまうのではないでしょうか…。


「君がこんな……、男を狂わせる毒を撒き散らすからだ。……帰るよ、シャルロット。今夜は、一滴も残さず僕が飲み干してあげる」


 ……困るのに、嬉しい。


 わたしはため息をついて、泣き叫ぶ子供と崩壊した舞台を見回しました。

 観客が悲鳴から怒号へ移行しつつあります。ひとりが指を突きつけました。


「おい、あんたら! これどうしてくれるんだ!」


 レインハルト様は、ぴたりと表情を戻しました。

 今度は『公爵家の嫡男』の顔に。


「……修繕費は支払う。謝罪料も。その責は、我がヴァルテンベルク公爵家が負おう」

「こ、公爵様!? ……しかし、金の問題じゃ――」

「金の問題だ」


 圧がすごいです。

 相手の男の人が「そ、そうですか……」と引き下がってしまいました。

 これが権力というものでしょうか。

 わたしは慌てて彼の袖を引っ張りました。


「レインハルト様、怖がらせてはいけませんわ。わたしたちが悪いのですもの」

「……そうだね。…ふう…。…すまなかった」


 口では謝っているのに、わたしを抱き寄せる腕は緩みません。


「さ、帰ろう、シャル」


 彼はわたしを軽々と抱き上げると、トン、っと朱に染まり始めた空へと舞い上がりました。

 背後で興行主の悲鳴が聞こえた気がしましたが、彼の胸板に顔を埋めたわたしには、もう何も聞こえなかったのです。







 ***



 後日。


 城下町の興行主の元には、ヴァルテンベルク公爵家から使いが訪れました。

 差し出されたのは壊れたテントの修繕費、役者たちへの見舞金、そして口止め料を含んだ、小さな村が買えるほどの莫大な謝罪金だったといいます。


「……まったく、我が公爵のお坊ちゃんは…」


 使いの騎士がため息をつきながら、主の息子の「愛という名の暴挙」を清算して回ります。

 立派な封筒の中身は簡潔すぎる詫び状でした。


『公演の妨害をいたし、悪かった。――レインハルト・イル・ヴァルテンベルク』


 興行主はその紙を握りしめ、震える手で団員たちに言ったらしいです。


「……次から、『客席でのキス禁止』って張り紙しよう……」

「団長、それ以前の問題です!」


 わたしはその話を聞いて、笑うしかありませんでした。

 笑ってしまったけれど――。


 その夜、レインハルト様が「劇より良い恋物語」を本当に実演しようとしたので、わたしは枕で必死に抵抗しました。



 ……ええ、抵抗は、しましたとも。



 たぶん。


 きっと。






やらかしてしまったレインハルト。

次回、「愛の検体」、学術的に…恋の誘惑を解析しようとしますが…?

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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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