18_砕けた愛の証 リオンside
公爵邸を訪ねてきたグリオールさんが去った後、僕は王宮に特使を遣わし、母上が攫われた事件現場の捜索許可を求める書状を送っていた。
近衛兵による大規模な捜索が行われていたため一般の立ち入りは厳しく制限されていたが、被害者の家族としての権利を主張し、ようやく許諾の返事が返ってきたのが昨夜のことだった。
母上失踪の夜から四日目にして、僕たちはやっと王宮内に立ち入ることが許されたのだ。
王宮へと向かう公爵家の馬車の中で、双子のサリエスとアルテミスが銀髪を揺らし、不安そうに金色の目を見合わせていた。
十歳になるリリアン以下、まだ年若い弟妹たちはお留守番だ。
「お母様、大丈夫かしら……」
アルテミスが膝の上で両手をぎゅっと握りしめて呟く。
「お父様は、昨夜も中庭でものすごい魔力を纏わせて、夢遊病者のように虚ろな目で歩き回ってたよ」
サリエスも暗い顔で窓の外に視線を向けた。
「はあ……。本当に情けない。母上がいなくなって急に腑抜けになりすぎですよ、恥ずかしい」
僕は思わず、呆れを含んだ深いため息を漏らした。
「リオンお兄ちゃん、もう。言い過ぎよ」
「今日のことにしても、お父様に相談も無しに出てきてしまって、本当に大丈夫なの?」
「いいんです。今のあの人はまともな判断力がつかなくなっているんですから。目の焦点も合っていないし、一緒に行ってもただ突っ立って絶望しているだけになるでしょう。足手まといです」
僕は冷淡に言い切った。
本当に、昔から母に対する父の執着は異常だとは思っていたけれど、ここまで無残に壊れてしまうとは。
最強の魔導師という肩書きが泣いている。
まだ幼い僕たちからこともなげに母親を取り上げ続け、「シャルは僕の妻だ」と独占してはばからなかった父。
そのせいで満足に母親に甘えられない幼少期を過ごした僕は、どうにも冷めた性格になってしまったらしい。
父に対する純粋な尊敬よりも、呆れと反発が先に立つ。
半面、弟妹たちは僕が代わりに面倒をよく見ていたからか、それなりに真っ直ぐで素直な性根に育っているようだった。
だからこそ、こんな状況でも両親を純粋に心配できるのだろう。
「でも、ぼく達子どもだけじゃ……」
サリエスが不安そうに視線を落とす。
「大丈夫です。手がかりだけでも得られればと考えていますから」
「手がかりって……何かあてはあるの?」
「……一つ目は、母上が攫われた馬車留めの現場に残された影魔法の痕跡。しかしもう大分薄くなっているでしょうから、そちらはあまり期待していません。後回しにします」
僕は指を折りながら説明を続けた。
「二つ目は、父上が大穴を空けたという、転移門があったらしき王宮地下通路。これは錬成建造物だったそうだから個人の特定は限りなく不可能。ですが……三つ目。破壊されたと思われる母上の指輪の残骸がそこに残されている可能性が高い」
「結婚指輪の残骸? でも、そんなものが見つかったとしても……」
僕はため息をひとつ落とした。
今まで弟妹たちには刺激が強いかと押し殺していた言葉を、解き放つ。
「あれはただの指輪じゃない。父上が母上を縛り付けるために付けていた、『首輪』のようなものだ」
「首輪……?」
「二つで一対。父上にしか真の意味で使えない、高度な追跡と生命反応共有の魔導結晶――父上の魔力で練り上げたイエローダイヤモンドさ」
父の歪んだ愛情の結晶。
どこにいても母の居場所を把握し、その状態を監視するための魔導具。
僕自身その事実に気付いたのはここ一~二年のこと。
直接説明されたわけではないけれど、両親の会話から推察すると、そういうことなのだ。
母上は母上で、それを至上の愛の形だと頬を染めているのだから、僕には理解ができないが。
「それに、犯人の痕跡が残されているかもしれないってこと……?」
アルテミスが目を輝かせるが、僕は冷静に首を振った。
「いや。さすがにそこまでは期待していません。あるとしたら……、いや、期待を持たせるのも良くないな。とにかく、目的とやることは決まっている。力を合わせよう。あの地下通路の瓦礫をどかすには、君たちの召喚術が役に立ちそうだ」
僕がニヤリと笑って見せると、双子はきょとんとした後、任せてくれとばかりに頼もしく笑った。
王宮に着くと、事前に連絡を取り合っていたグリオールさんと合流した。
彼は相変わらず騒々しいが、義理堅い男だ。
ベルツ国に所属する魔導師でありながら、僕たち家族のためにわざわざ残ってくれていた。
グリオールさんに事情を説明し、父が破壊した地下通路跡へ向かう。
そこは凄まじい魔力の余波で石畳がすり鉢状に粉砕され、大量の瓦礫が積み重なっていた。
「サリエス、アルテミス。頼む」
「うん!」
「いいよ」
双子は並んで魔法陣を展開し、土と岩を寄り代にして人型ゴーレムを数体錬成した。
ゴーレムたちは指示に従い、重い瓦礫を次々と撤去していく。
グリオールさんも自慢の腕力と土魔法でそれを手伝ってくれた。
僕が魔力探知を広げながら瓦礫の隙間を探っていると、王宮近くの通路で、グリオールさんが男女三名に声をかけられているのが聞こえてきた。
「貴殿はベルツ国の魔導師の方ですね? ここで何を……」
騎士の制服を着た男が警戒した声を出している。
「え? えーと、レインハルトのお子様たちに頼まれたのもあって。許可を取って調べさせてもらってたんだよ」
彼らがそんなやり取りをしているのを横目で見ながら、僕は瓦礫の奥、ひときわ深く抉れた石床の隙間に目を凝らした。
通常の視力では見えない。
だが僕の金色の瞳に魔力を集中させると、僅かに、本当に僅かに漏れ出ている黄金色の波長が見えた。
「……あった!!」
僕は弾かれたように声を上げ、泥だらけになるのも構わずその隙間に手を突っ込んだ。
指先に触れたのは、キラキラと鈍く光る小さな破片。
「母上の、結婚指輪の欠片だ。イエローダイヤモンドの……!」
僕の声に双子たちも駆け寄ってくる。
僕はすぐさまその場にしゃがみ込み、拾い上げた破片を核にして追跡術式を地面に描き始めた。
父上の構築理論を頭の中で逆算し、欠片に残された魔力のパスを繋ぎ直す。
「……ダメだ」
しばらくして、僕は唇を噛み締めた。
術式は起動したが座標が激しくぶれ、犯人の現在地も目的地の特定も不可能だった。
だけど……。
「いや、違う。この欠片からの共鳴は完全には消えていない」
術式から跳ね返ってくる波長を読み解き、僕の目にはっきりと希望の光が宿った。
指輪の機能は完全に停止したわけではない。
この破片は一部に過ぎず、残りの微細な欠片が……おそらく母上のドレスか髪に引っかかったまま、母上の側に存在している可能性が高い。
繋がりは、まだ完全に絶たれてはいないのだ。
「父上に報告しなければ……!」
この繋がりを辿れるのは、あの指輪の本来の主である父上だけだ。
僕では出力も精度も足りない。
僕が立ち上がった時、グリオールさんと話していた三人の男女が近づいてきた。
その中の一人、上品なドレス姿の女性が、手に試験管のようなものを持ち、僕たちに静かに声をかけた。
「ごきげんよう。ヴァルテンベルク家のご嫡男、リオン・ヴァルテンベルク様ですね」
「えっと……あなたは?」
僕が警戒して尋ねると、彼女は柔らかな、けれど凛とした微笑みを浮かべた。
「わたくしはクラリス・レジャーノン。こっちは弟のリオネル・ヴァレンティーヌと、友人のイザベラ・レンスターですわ。……この度の誘拐事件、ご心痛のことと存じます。僭越ながら、我々ができそうなことがあれば協力します。なんでも言ってくださいね」
彼女たちの名前には聞き覚えがあった。
かつて、父上の魔法省に所属していた頃の直属の部下たちだ。
父上から優秀な魔導師たちだと聞いたことがある。
大人たちが、僕たちのために動いてくれている。
「ありがとうございます、助かります……!」
僕は深く頭を下げた。
ずっと気を張っていた心が、少しだけ軽くなった気がした。
イザベラさんやクラリスさんは、僕たちが手に入れたものとは別の、影魔法の痕跡を追うための魔導具を借りに魔法省へ向かうという。
僕たちは、この指輪の欠片を父上に届けるために公爵邸へ戻る。
道は違えど、それぞれが母上の救出に向けて、確かな一歩を踏み出していた。




