14 _リオネルの焦燥 リオネルside
「くそっ……! 見つからない。どこにもいない……!!」
オレ、シルバード王国親衛隊長であるリオネル・ヴァレンティーヌは王宮の長い回廊を走りながら、苛立ちと焦燥で壁を殴りつけた。
硬い石造りの壁にぶつかった拳から鈍い痛みが走るが、そんなものは今の俺の精神的な胃痛に比べればマシな方だった。
一睡もせずに捜索を続けていたが、シャルロット夫人一人どころか怪しいネズミ一匹見つからない。
王宮内の全兵、さらには王宮の使用人まで総動員して、使っていない客室のクローゼットから地下のワインセラー、屋根裏の埃まみれの物置に至るまで、王宮中をしらみつぶしに捜索したというのに。
絶望的な事実が俺の頭を冷酷に殴りつける。
王宮横通路の地下で見つかった、あの転移門跡での犯人の消失。
(正確には転移門の痕跡は消されていたので、ヴァルテンベルク公爵の推論によれば)
それはつまり、犯人が既に王宮外……下手すればこの王国の外へ逃亡したということに他ならない。
「隊長! やはり抗議が限界です。外交使節団の皆様から『これ以上の不当な拘束は国際問題になりかねない』と、強いお叱りを受けておりまして……!」
部下の一人が血相を変えて報告に駆け込んできた。
オレは深いため息を吐き出し、頭を抱えた。
五か国魔導親善試合のために集められた各国の賓客や出場魔導師たち。
彼らの大半は予定通りのスケジュールで帰国しようとしている。
それを『事件のため』という理由で強引に引き留めるのにも限界があったのだ。
結局王宮の完全封鎖も昼過ぎには解かざるを得なかった。
夕方になると、すでに四分の一の客人たちは帰路についてしまった。
今残ってくれている客人たちは元々観光を後半に組んでいたり、善意で慰留してくれている状態に過ぎない。
(このまま犯人を見つけられなかったら……俺は確実にクビだ……!! 良くて二階級剥奪……いや、最悪の場合は辺境警備への左遷か!?)
出世コースから転落する自分の未来を想像して、俺は詰所の中でひとりブルリと身震いした。
(いやいや、違う! 俺のことなんかより、今はシャルロット夫人の心配をしなければいけないのに!!)
あの、大陸一ともいわれる美しさを持つ公爵夫人、……いや、もと同級生というべきか。
彼女は本当に、ただそこに立っているだけで周囲の目を釘付けにしてしまうような、信じられないほど美しい女性に成長してしまった。
あの容姿でオレと同じ三十一歳というのだから、年齢を聞かされればおよそ信じられない者も続出するだろう。
だからこそレインハルト様は彼女を極力誰の目にも触れさせまいと、大切に箱入りにして守り抜いてきたのだ。
美しすぎるというのもある意味業であり、大変なことだ。
今頃一人きりで、見知らぬ場所でどれほど心細い思いをしているだろうか。
あの優しく儚げなシャルロットが、もし野蛮な輩の手にかかっていたりしたら……。
そう想像するだけで俺の胃はキリキリと悲鳴を上げた。
「……こうなったら、身内を頼るしかない!」
***
翌日。
悩み抜いた末、俺は藁にもすがる思いである人物の元へと走った。
「姉貴!! 助けてくれ!!」
姉の降嫁先、レジャーノン伯爵家に訪問するなり俺は情けなく叫んでいた。
優雅に紅茶を飲みながら応接室の豪奢なソファーに座っているのは俺の実姉のクラリス。
かつては王国魔法省内でレインハルト様の部下として働き、今は伯爵夫人となっているクラリス・レジャーノンだった。
彼女もまた、一昨日の魔導親善試合を観戦し、夜会にも参加していた。
「リオネル。親衛隊長ともあろう者がみっともない声を出すんじゃありません。それに今は『姉貴』ではなく『クラリス夫人』と呼びなさいと言っているでしょう?」
姉貴はティーカップをコトリと置き、涼しい顔で俺をたしなめた。
相変わらず水属性の魔法使いらしい、冷静でひんやりとした空気を纏う姉だ。
「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ! シャルロット夫人が攫われた件、姉貴も知ってるだろ!? 頼む、元上司の奥さんの一大事だぞ、力を貸してくれ!」
俺が必死に頭を下げると、クラリスは小さくため息をついた。
「ええ、もちろん知っていますわ。レインハルト様があれほど取り乱されるなんて……。本当に、由々しき事態です。ですが私一人の水魔法で犯人を追うのは不可能ですわよ。ましてやレインハルトさまができなかったことを……」
「そこをなんとか! 姉貴、魔法省にいた頃は顔が広かったじゃないか。誰か探索に秀でた魔導師の心当たりはないのか!?」
オレがすがりつくと、クラリスは少し思案するように顎に手を当てた。
「……そうね。地下の転移門跡は、すでに親衛隊や魔法省の役人も調べたのですよね?」
「ああ。だけど犯人は転移門を使った後、その痕跡を完璧に消し去っていた。いくら腕利きの魔導師に見せても、『抹消されていて追いようがない』としか言われないんだ」
「転移門を使った者が痕跡を消すことは不可能ですわ。転移門を使った者と、痕跡を消してその場に残った者、最低二人以上の実行犯がいる……」
「計画的だったってことだよな……。国内犯か、または親善で来ていた外国人かも分からない」
オレは深いため息をついた。
まさか平和の祭典の裏側で、こんなとんでもない誘拐事件が起こるなんて。
「『完全に』消し去るなんてことは魔導の理において不可能ですわ。どんな魔法も、必ず空間にわずかな『波紋』を残すもの」
クラリスの瞳が、ふと真剣な光を帯びた。
「抹消された転移門ではなく影魔法の痕跡なら、同じ影魔法の専門家に見せるのが筋というものです。……そうですね、現魔法省の方々がお手上げだというのなら協力してあげます。ちょうど、適任の友人を知っていますから」
「ほ、本当か!? 姉貴、恩に着る!!」
「だから『姉貴』と呼ぶなと。……ただし、期待しないように。レインハルト様でもできなかったことをわたくし達が解決できるとも限らないので」
クラリスが立ち上がると、俺は崩れ落ちるように安堵の息を吐いた。
「今から早馬で連絡を取ったとしても動けるのは早くて明日ですわ。構わない?」
「ああ! 助かる、それで頼む」
クラリスが頷く。
かつてのレインハルト様の後輩であり、部下たちが、再びその力を結集させようとしていた。
「……やってみましょう。シャルロット様を取り戻すための、第一歩です」




