9_穢れた魂 レインハルトside
華やかな音楽が響く夜会の喧騒。
僕は隣に立つシャルロットの細い腰をしっかりと抱き寄せ、周囲の視線から彼女を庇うように立っていた。
魔法で仕立て直した星屑のようなドレスを纏った妻。
ただでさえ人目を惹くというのに、僕との情事の余韻からか頬をほんのりと上気させ、普段以上の艶やかな色香を放っている。
他の男たちの視線がチラチラと彼女に向けられるたび、僕は片っ端から氷のような視線で射殺し、彼らを後ずさりさせていた。
「よぉ、レインハルト。それに……夫人も」
そんな僕たちの前に、ひどく窮屈そうな夜会用の正装に身を包んだ巨漢が不機嫌そうに歩み寄ってきた。
グリオールだ。
「やあ、グリオール。その服、少し肩幅が合っていないんじゃないか?……ところで君、まだ結婚していないのかい?」
昼間にからかわれた意趣返しとして、僕は涼しい顔でそう尋ねた。
「なっ……!? う、うるせえ、色情魔!! 俺は魔導の鍛錬と実戦で忙しいんだよ! お前みたいに四六時中嫁さんの尻を追いかけてる暇はねぇんだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るグリオールに、僕はくすくすと笑い声を漏らした。
「色情魔とはひどいな、愛妻家と言ってほしいね。帰りを待つ家族がいるというのは、魔導の探求以上に素晴らしいものだよ。君も早くいい相手を見つけることだ」
僕とグリオールがコントのような応酬を繰り広げていると、ふと、グリオールの表情が真面目なものに変わった。
彼は真っ直ぐにシャルを見つめ、少しだけ眉間に皺を寄せた。
「……なぁ。昼間は遠目だったから分からなかったが。奥さん、なんだか……不思議な感じがするな」
「えっ……?」
「不思議とは?」
僕の声のトーンが一段下がる。
「いや……なんつーか。人間離れしてるっていうか。その肌も、髪も……光が透けてるみたいだ。魔力で着飾ってるんじゃなくて、存在そのものが別次元みたいな……」
野生の勘とでも言うのだろうか。
実戦で培われたグリオールの鋭い直感は、シャルの内に秘められた『人外』としての特異性を無意識のうちに感じ取っていた。
僕はすかさずシャルの肩を引き寄せ、グリオールの視界を遮るように前に出た。
「そうだろう? 僕の女神だからね。グリオール、いくら君でも僕の妻をそんなに穴が開くほど見つめないでもらえるかい。僕の嫉妬は、君の爆破魔法より質が悪いよ」
冗談めかして牽制すると、グリオールはハッとして顔を背けた。
「けっ! 知るか、バーカ! 誰がお前の嫁なんて……チッ、酒でも飲んでくるわ!」
毒気を抜かれたように、彼は足早に去っていった。
グリオールの勘の良さにはヒヤリとさせられたが彼には悪意がない。
だが、彼の去った後も僕たちの周りには途切れることなく国内の有力貴族たちが挨拶に訪れていた。
彼らの目もまた、シャルに釘付けになっていたのだ。
「ヴァルテンベルク公爵閣下。本日は誠に素晴らしい圧倒的なご勝利、我が事のように誇らしく存じます」
恰幅の良い伯爵が恭しくグラスを掲げると、その隣に立つ豪奢なドレスの夫人が扇の陰からシャルを見てうっとりとため息を漏らした。
「ええ、本当に。それにしても……シャルロット奥方様はお美しいばかりか、年齢を全く感じさせないほどにお若く瑞々しい。とても八人ものお子様を産み育てていらっしゃるお母様とは思えませんわ」
「全くだ。まさに奇跡の美貌。いやはや、閣下ご自身も若々しく見目麗しい美丈夫であらせられる。お二人が並び立つお姿は、我がシルバード王国が誇る至宝ですな」
口々に投げかけられる手放しの称賛。
僕は表面上、完璧な貴族の微笑みを崩さずに彼らに応えた。
「もったいないお言葉です。妻が美しく若々しいのは、僕の愛が彼女を輝かせているからだと思っています。僕の魔導の探求も、すべてはこの美しき妻を守るためのものですから」
僕の言葉に貴婦人たちが「まあっ!」と頬を染めて黄色い声を上げる。
僕も見た目は若い方だと言われるが、シャルロットも実齢三十一歳。
しかし彼女は女性として成熟したであろう二十五歳前後で時が止まってしまったかのようだった。
数年前まで気にならなかった、その『若さ』が異常な事実として僕の心を抉りはじめていた。
初めて会う程度の賓客ならば「美しく年若い嫁を娶ったのだろう」程度の想像で済むかもしれない。
しかし。
(この不安と、僕の仮説がその通りだったとしたら――)
(シャルロットの淫魔の肉体はもう、歳を取らないのかもしれない……)
共に年齢を重ねられない寂しさ。
いや、それ以上に、これから先は年月を追うごとに、彼女をもう外へは出せなくなってくるのだろう……。
「レインハルト様? どうなさったのですか、そんなにわたしの顔を見つめて……」
「あ、あぁ……。君があまりにも綺麗で……」
「もうっ……、なんですの、急に。素で言わないでくださいまし」
両手で頬を包むその仕草は学生時代と何一つ変わっていないというのに。
その純粋な愛らしさを見るたびに、ぐちゃぐちゃに穢してしまいたいという仄昏い欲望に囚われる。
およそ人間が得られないであろう至高の快楽と引き換えに、この身はとうに地獄に堕ちているというのに。
彼女を抱くためだけに生きているといっても過言でないほど囚われている。
そして、彼女を愛すれば愛するほど、この生命と引き換えに眩いほどの美女へと磨かれていく。
どうしようもなく、溺れて汚れ切ったこの魂を彼女だけには知られたくないという思いと。
同じ場所まで堕として、誰にも見られないくらい汚してしまいたいという相反する気持ちが衝突する。
そう、ありえない。
ありえないのだ。
君の肉体は子を何人宿そうと。
出産し、一時はボロボロに身体が崩れてしまったとしても。
数か月もすれば処女のように初々しい肉体に戻っていく。
傷を癒すだけの僕の魔法とは無関係な部分での自己修復能力。
そして、繰り返す誘惑の香りの漏洩と、異常なほど肉欲に溺れる日々。
僕は、その事実から、ずっと目を逸らし続けていた。




