6_程度ってもんがあるだろ! シャルロットside
ベルツ王国との激戦を終えた後も、親善試合の熱気はとどまることを知りませんでした。
しかし圧倒的な実力を誇るシルバード王国――いえ、わたしの愛する夫であるレインハルト様のチームは、残る二戦も他国を寄せ付けることなく見事に制覇したのです。
これで五ヶ国魔導親善試合のすべての試合テーブルが終了し、あとは今夜開かれる夜会での授賞式を残すのみとなりました。
スタジアムの喧騒から離れ、わたしたち家族は王宮庭園をのんびりと散策していました。
美しく刈り込まれた生垣、白亜の噴水から上がる涼しげな水しぶき、そして色とりどりに咲き誇る秋の花々。
どこまでも続くような青空の下、大理石の小道を歩く時間は先ほどまでの激しい魔法の応酬が嘘のように穏やかで平和なものでした。
「本当にカッコよかったですわ、レインハルト様!」
わたしは隣を歩くレインハルト様を見上げ、興奮冷めやらぬままに声を弾ませました。
「君にそう言ってもらえるのがなにより嬉しいよ」
レインハルト様は立ち止まり、ひざまずくような優雅な仕草でわたしの手を取ると、その甲にそっと熱い口づけを落としました。
「君の応援があったからこそ、僕は最後まで力を尽くすことができたんだよ。どんなに激しい魔法の音が響いていても、シャルの愛らしい声だけは僕の耳に真っ直ぐ届いていたからね」
「まあ……っ。嬉しいですわ。あなたが空を歩きながら魔法を放つお姿、まるで神話の英雄のようで、本当に見惚れてしまいました」
「僕にとってはどんな栄光よりもシャルのその輝く笑顔の方が何万倍も価値があるよ。君が望むなら僕は何度だって勝利をこの手に掴んで、君に捧げよう」
甘い言葉と共に、彼の手がわたしの腰を引き寄せます。
周囲の美しい花々すら色あせて見えるほどの熱烈な視線に見つめられ、わたしの頬は一瞬にして林檎のように赤く染まりました。
「あの……父上、母上。外なんですから、ほどほどにしてくださいよ……」
甘い雰囲気を断ち切るように、長男のリオンが呆れたような深いため息をつきました。
彼の腕には分厚い魔導書が抱えられており、眉間にはうっすらと皺が寄っています。
「リオンの言う通りですわ、レインハルト様。子どもたちの前ですし……」
わたしが恥ずかしくて身をよじろうとすると、リオンの両脇から双子のアルテミスとサリエスがひょっこりと顔を出しました。
「リオン兄さんは本当に堅物なんだから。お父様とお母様が仲良しなのは、いつものことでしょう」
「そうよ! お父様がお母様を世界一愛しているのは素敵なことだわ。私たちのお父様は世界一強くて、お母様は世界一綺麗なんだから、これくらい当然の愛情表現よ!」
アルテミスとサリエスは、リオンをたしなめるように言い放ち、ふふんと誇らしげに胸を張りました。
「お前たちなぁ……度合いというものがあるだろう。公の場と私室の区別くらい……」
「お兄ちゃんは照れ屋さんね! お父様、気にしないで!」
兄弟の微笑ましい言い合いの向こうでは、下の子どもたちが元気いっぱいに駆け回っています。
十歳のリリアンと七歳のイリスは、満開の薔薇のアーチの下で器用に花冠を編んでいました。
「ママー! パパー! おはな、きれいー!」
四歳の三つ子、カトレア、ヴィオラ、ヴァレリアンは、ひらひらと舞う色鮮やかな蝶を追いかけて、きゃっきゃと鈴を転がすような笑い声を上げています。
そのあまりにも愛らしく平和な光景に、わたしは胸がいっぱいになりました。
「ふふっ。本当に、賑やかで幸せな午後ですわね」
「全くだね。でも、僕としてはシャルともう少し二人きりの甘い時間を楽しみたいところなんだが」
レインハルト様は諦めきれないようにわたしの頬にそっと手を添え、親指で唇を撫でました。
「子どもたちもこう言ってくれていることだし……シャル、もう一度口づけを」
「だめですわ、レインハルト様。お化粧が崩れてしまいますし、今度こそ本当に誰かに見られてしまいます……っ」
「誰に見られても構わないさ。君が僕の愛しい妻だと、世界中に見せつけたいくらいだ。ああ、君はどうしてこんなにも美しくて愛らしいんだろう。僕のシャル……」
「レインハルト様……っ」
再び顔を近づけてくる夫の香木の香りに、わたしの思考がとろけそうになった、その時でした。
「おい! レインハルトよぉ!」
ロマンチックな空気を豪快に打ち砕く、ドスドスという乱暴な足音と野太い声。
ビクリとして振り返ると、そこにはベルツ王国の筆頭魔導師であり、先ほどの試合でレインハルト様と熱戦を繰り広げたグリオール様が立っていました。
グリオール様は、わたしたちの周りをちょろちょろと走り回る子どもたちの数と、甘い空気のまま抱き合っているわたしたちを見て、目玉が飛び出そうなほど驚愕の表情を浮かべました。
「お前……っ、学生時代はそんなんじゃなかっただろう!? もっとこう、スカした野郎だったじゃねーか!!」
「そうかな?」
「そうだよ!! 女に見向きもしねぇ本の虫だったくせに。それになんだ! そいつら全員、お前の子どもかよ!?」
驚愕のあまり大声を出したグリオール様に、レインハルト様はわたしを抱き寄せたまま。
余裕たっぷりの、そしてどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべました。
「フッ。羨ましいのかい、グリオール。愛する妻と、愛の結晶たちに囲まれる気分は最高だよ」
「程度もんだろーがぁ――――!!!!」
王宮の美しく静かな庭園に、グリオール様の魂の叫びが木霊しました。
バサバサバサッ!
屋根に止まっていたらしい鳥たちが羽音をたてながら一斉に飛び立っていきます。
蝶を追いかけていた三つ子たちがピタッと足を止め、不思議そうに彼を見上げ。
わたしの肩に乗っていたキールも、驚いたように「クエッ?」と首をかしげています。
「ハァハァ……俺は子どもは苦手だぜ……」
八人の子どもたち(と、一匹の魔獣)の純粋な視線を一身に浴びて、さしもの屈強なグリオール様も急にたじろぎ、後ずさりをしました。
その様子がおかしくて、わたしは思わずくすくすと笑ってしまいました。
「クソッ! てめえと話してると頭に血が上るわ。もう行く」
「ああ。今夜の夜会は正装してきなよ?」
「うるせえ! 知っとるわ!!」
顔を真っ赤にして吐き捨てるように言い、グリオール様はずんずんと足早に去っていきました。
その後ろ姿を見送りながら、レインハルト様は肩を揺らして静かに笑っています。
わたしは、そんな夫の横顔を愛おしく見つめました。
レインハルト様はいつも一族の長として、あるいは最強の魔導師として、完璧で隙のない振る舞いをされています。
こんなふうに昔からの友人と軽口を叩き合い、少年のような楽しげな表情を見せるのは、わたしも初めて見るかもしれません。
(本当に、今日は素敵な一日ですわ……)
秋の柔らかな日差しの中、夫の笑顔と子どもたちの笑い声に包まれて、わたしは心の底から満ち足りた幸福を感じていました。
この穏やかな時間がずっと続けばいいのにと、心からそう願っていたのです。




