5_宙を歩く者 レインハルトside
スタジアムの空気は、物理的な質量を帯びるほどに濃密な魔力で満たされていた。
僕の右手の周囲に展開した幾何学的な術式展開は、まるで精密な時計細工のように幾重にも重なり、黄金の輝きを放ちながら静かに回転している。
対するグリオールは顔を真っ赤にし、全身から炎のような魔力を噴き出させていた。
「てめぇのことは学生時代から気に入らなかったんだっ! 女にはモテるし、大して座学もせず高位魔法を次々会得しやがってよぉ!!」
グリオールが戦斧を振り下ろすと、スタジアムの床から巨大な岩の棘が僕を串刺しにしようと突き出してくる。
しかし、僕はそれを見ることさえせず、微かな足捌きだけで紙一重にかわした。
「残念だが、魔術においては 99.9%が血筋だからね。こればっかりは努力でどうにかなる話ではないんだ。……君のその熱意は嫌いじゃないが」
涼しい顔で事実を突きつける。
その言葉は、グリオールにとって何よりも鋭い刃となって突き刺さったらしい。
「嫁は美人で可愛くてガキも美形とかチートかよ、羨ましいだろうがクソヤロォォーーーッッ!!」
ガッ、ガキィンッ!!
グリオールの渾身の爆破魔法が、僕が瞬時に展開した不可視の多層障壁に阻まれ、激しい火花を散らした。
「……毒気が抜けるな。僕の家族を褒めてくれたことには、礼を言うべきかな?」
「てめぇのことは褒めてねぇぇえぇぇ――!! スカシ野郎ーッ!!」
フィールド上では、ベルツ国のチーム四人が隙のないフォーメーションで僕へと襲いかかってきていた。
僕は自陣のクリスタルの守りを部下四人に完全に任せ、自分一人で敵チーム全員の猛攻を捌いている。
彼らの息もつかせぬ波状攻撃は、実戦的で洗練されていた。
隙を見ては敵陣のクリスタルに牽制の狙いを定めているものの、炎、風、重力、土と多角的な魔法が僕の体勢を僅かに削っていく。
その超常的なマルチタスクぶりを、観客席で見守る家族もそれぞれの反応で見ていた。
座標を合わせ、家族たちの周囲の音声だけ鼓膜に拾う。
「レインハルト様、すごいわ……」
うっとりと頬を染めるシャルの声。
その隣で、リオンは腕を組み、冷徹な観察眼で僕を見つめていた。
「父上……まだ遊んでますね。まあ、すぐ終わってもつまらないでしょうし、実力の誇示も兼ねているのでしょう」
(……全部聞こえてるよ。シャル、君の声が届くだけで僕は頑張れる。……リオンには感心するが、『汚物を見るような目』を向けられるのは、何度経験しても胸にくるな……)
そんなことを悠長にしている間もなく、四方八方から攻撃が飛んでくる。
僕はやむなく聴覚魔法を閉じて目の前の敵に専念せざるを得ない。
衝撃を結界で防ぐが、さすがのベルツの精鋭たち。
重く、骨にまで響くような連撃と重撃。
4年前、ベルツの魔導部隊と刃を交えた時とはまた違う。
「ハァ、ハァ……ハァ……。さすがにちょっと疲れるなぁ」
「よぉしっ! 奴は疲れてるぞ!! 一斉攻撃だッ!」
こちらのクリスタルの守りの四人が動かないと踏んだのだろう。
グリオールの号令と共に、ベルツチームの五人全員がクリスタルの守りを捨て、全魔力を僕という一点に集束させた。
炎、岩、雷、風、水。あらゆる属性の魔法が、逃げ場のない飽和攻撃として僕を飲み込もうと迫り来る。
ギシッ、と僕の分厚い魔力の壁が軋む音がした。
「……本当に、驚かされる」
僕は迫り来る熱波の中で、思わず口角を上げた。
ドガァァァ――ッッ!!
爆音を立てて激しく土煙と岩石が舞い上がった。
魔力の壁で防ぎながらも、これ以上は防御もきついな、と正攻法で抗うのを諦める。
「【重力干渉】」
爆炎が晴れた後、そこに僕の姿はなかった。
「どこだ……!? 上かッ!」
観衆が空を見上げ、悲鳴に近い歓声を上げた。
そこには魔道具も、魔力の翼さえ持たず、ただ物理法則を無視して悠然と宙を歩く僕の姿があった。
「キャーッ!! 飛行魔法だわっ!」
「王国で唯一、レインハルト様だけが扱えるという伝説の高位魔法が出たッ! 記事にしなくては……ッッ。カリカリカリ……」
記録係の魔導師たちが狂ったようにペンを走らせる音が響く。
「てめぇ卑怯だぞ! 降りてこいっ!! 熱血魔法陣発動ッ!」
「はい。……本気も出したし、疲れたからもうおしまい」
僕がもう十分楽しんだと言わんばかりに、上空で両手を パンッ と一つ、合わせた。
その瞬間、グリオールが展開した巨大な魔法陣が、まるでインクが水に溶けるように消失した。
同時に、僕から放たれた目に見えない「波動」がベルツ陣営の薄くなっていた結界を突き抜け、クリスタルを直撃する。
パリィィンッ!!
透き通った音と共に、ベルツチームの赤いクリスタルは粉々に砕け散った。
一瞬、スタジアム全体が水を打ったように静まり返った。
そして一拍ののち、地鳴りのような拍手と歓声が爆発する。
「ふう。久しぶりに本気でやって疲れたな。歳かな……」
上空からゆっくりと降り立った僕は額の汗を拭う仕草をした。
部下たちは勝利に抱き合って喜び、グリオールはその場に崩れ落ち、悔しさのあまり泣き出していた。
(いや、泣くほどのことか? そんなに悔しかったのだろうか)
苦笑しながらも、ふとヴァルテンベルク家の貴賓席を見やる。
「ほらね、父上は人が悪い。最後のはただの魔力圧の解放ですよ。計算式にするならこうでしょうか」
リオンが冷ややかに分析しながらも、どこか誇らしげな笑みを浮かべている。
「レインハルト様、素敵ーッ!」
「父上ってすごぉい……」
シャルと子どもたちも、立ち上がって勝利を祝福してくれていた。
彼らには僕の声は届かないだろうけれど、それでも自然と言葉が滑り落ちる。
「ありがとう、シャル。君の応援があったからこそだ」
僕は観客席のシャルにだけ優しく微笑みかけた。
ふと隣の王家専用の貴賓席へ視線を向ける。
そこには、辺境伯へ嫁いだはずのナタリア王女、そして僕のファンだと公言していたアリシャ王女がこちらに向かって楽しげにVサインを作って見せていた。
(やれやれ。なんとか面目躍如といったところか)
しかし、この時。
僕を「敵」として、あるいは「標的」として注視していたのは、グリオールのような清々しいライバルだけではなかった。
フィールドの隅、ベルツの高位魔導師たちが陣取る一角。
神々しいまでの美しさで微笑むシャルを、獲物を定めるような冷酷な眼差しで凝視していたことに、僕は気付けていなかった。
勝利の余韻に包まれたまま、祝杯があがるその裏側で。
僕たちの運命の歯車は音を立てて狂い始めていた。




