4_旧友の戦斧 レインハルトside
「……さて。ベルツが相手なら少し手心を加えないといけなそうだ」
コロシアムの空気が先ほどまでの純粋な熱狂から、どこかヒリついたものへと変わっていくのを感じていた。
グループリーグ次の試合。
対戦相手は内陸の魔導大国・ベルツ王国。
対戦エリアの入り口から地響きを立てるような重い足音と共に、一人の巨漢が現れた。
赤いバンダナを巻き、丸太のように太い腕に巨大な戦斧型の魔導具を担いだその男は、入場するなり周囲の空気を震わせる咆哮を上げた。
「てめええぇぇぇえ! レインハルトぉおぉお――――!! ここで会ったら百年目だオラァッ!!」
あまりの爆音に、観客席で応援してくれている子どもたちがビクリと肩を揺らしたのが見えた。
僕は一瞬目を丸くしたが、すぐに記憶の奥底にある『騒々しい旧友』の姿と目の前の巨漢が重なった。
「ん?……グリオール? グリオールじゃないか。驚いたな、実に学生時代以来……十数年ぶりかい?」
僕の顔に自然と懐かしげな笑みが浮かぶ。
グリオール・ロドリゲス。
王立学園時代、共に魔導を学んでいた旧友。
事あるごとに僕に勝負を挑んでは返り討ちに遭い、それでもめげずに僕を勝手に「終生のライバル」と呼び続けた男だ。
今はベルツ国に所属しているとは聞いていたが、まさかこんな場で再会するとは。
「久しぶりだぁ!? 貴様、俺がノルディア王国との国境紛争で泥水をすすっている間、王都でぬくぬくと嫁さんとイチャついて子どもを十人も作ったそうじゃねえか!!」
顔を真っ赤にして青筋を立てるグリオールに、僕は困ったように肩をすくめた。
「いやぁ、十人というのは少し大袈裟だな。今はまだ八人だよ。でも先日、妻の妊娠が分かったばかりだから、あと一人か二人増えるかもしれないね。ははっ」
「うるせええええ!! 勝ち組の顔すんじゃねえ! 今日こそ、その涼しいツラを俺の戦斧で粉々にしてやる!!」
グリオールが巨大な戦斧を地面に叩きつけると、スタジアムの床が激しく波打ち、一瞬にして数十の鋭い岩の杭が僕に向かって突き出してくる。
僕は指先を軽く振るい、不可視の多層障壁を展開した。
岩の杭が障壁に激突し、凄まじい轟音と共に粉々に砕け散る。
後ろの部下に向かって、出陣前のフォーメーションを破棄する号令をかける。
「君たちは下がって。クリスタルの防衛に専念してくれ。彼らの相手は僕ひとりでやる」
「か、閣下! しかし……!」
「いいから。旧友の挨拶には、僕自身が応えてあげないと失礼だからね」
指先に魔力を込め、全身に金色の魔導光を纏わせる。
(とはいえ、多勢に無勢は四年前のベルツとの紛争以来だな。あの時のように体は動くかな?)
「行くぞお前ら! 陣形・猛虎!」
グリオールの号令に合わせて、彼の背後に控えていた三人の魔導師が完璧な連携で動き出した。
炎使いが放つ灼熱の炎弾が視界を奪い、風魔法使いが炎を加速・拡散させる。
そして水系の魔導師が足元の重力を操作し、僕の回避行動を制限してくる。
「へぇ。さすが実戦派のベルツだ。高度な連携じゃないか」
僕は重力干渉を相殺し、障壁を展開しようとした。
だが――。
(……重力のベクトルが、二重……いや、三重に編まれている!?)
足元を拘束するだけでなく、真横からの引力が僕の体勢をわずかに崩した。
その一瞬の遅れを突くように巨大な炎の渦が障壁の継ぎ目に直撃する。
「オラァッ!!」
炎の煙幕を突き破り、グリオールが上段から戦斧を振り下ろしてきた。
戦斧に込められた膨大な魔力が空間そのものを歪ませている。
「ッ!」
僕は咄嗟に魔力を足裏に爆発させ、強引に後方へと跳躍した。
ドォォォォンッ!!
戦斧がスタジアムの床を粉砕し、凄まじい衝撃波が僕の頬を掠めた。
白の魔導衣の裾が、わずかに焦げて千切れる。
スタジアムが息を呑むのが分かった。
最強と言われる僕が、攻撃を躱しきれずに後退したのだから。
「……おっと、危なかったな」
僕は焦げた裾を一瞥し、ふう、と短く息を吐いた。
学生時代とは比べ物にならないほど洗練され、研ぎ澄まされたグリオールと彼の仲間たち。
油断して適当にさばき切れるほど、彼らは弱くなかった。
「ふふっ。驚いたよ、グリオール。君、本当に強くなったんだな」
「へっ! これからもっと驚かせてやるよ!」
「なら……僕も本気でやろう」
少しだけ魔力の出力を引き上げ、僕はニヤリと笑った。
だが、その時。
ふと視線を向けた敵陣の奥で、僕は妙な違和感を覚えた。
グリオールたち四人が前衛で暴れ回る中、たった一人自陣の防衛クリスタルの前に静かに佇んでいる男がいた。
右目に眼帯をした、冷たい雰囲気を持つ魔導師。
ベルツのリーダーはグリオールではなく彼だったはず。
たしかサミュエルとかいう名だったか。
彼は自陣のクリスタルに強固なバリアを展開したまま、一切の攻撃行動を取ろうとしない。
ただ、その眼帯の下にある左目が、じっと僕の戦いぶりを……いや。
僕の視線の先を辿るように、観客席の『ある一点』を執拗に観察していることに気がついた。
――シャルロットを……?。
サミュエルの視線が、美しい僕の妻に向けられている。
その目は、美しい女性に見とれるような生易しいものではなかった。
まるで、希少な魔石を見つけたかのような……ひどく粘着質で、冷徹な観察者の目。
ゾクリと、僕の中で不快な感情が粟立った。
(ひとの妻をじろじろと見て……気にくわない男だ)
とはいえ、ここは親善試合の場だ。
シャルはただでさえ目立つ。
他国の魔導師が彼女の異常なまでの美しさに目を奪われるのも無理はないのかもしれない。
僕は無理やり自分を納得させ、再びグリオールへと意識を向けた。
「よそ見してんじゃねえぞ!!」
「悪い悪い。君が昔より随分と逞しくなっていたから、つい見とれてしまったよ」
「舐めやがって!!」
サミュエルの視線に対する不快感を振り払うように、僕は少しだけ手に力を込めた。
「さて……ここからが本番だよ」




