2_観覧席の煌めき シャルロットside
開戦を告げる号砲がスタジアムの空に鳴り響くと同時に、フィールドの空気は極限まで張り詰めました。
わたしは胸の前で両手をギュッと組み、息を呑んで戦いの行方を見守っていました。
試合形式は五対五の団体戦。
各陣営に配置された『防衛クリスタル』を先に破壊した方が勝者となります。
対戦チーム国の魔導師たちが、凄まじい気迫と共に自陣から飛び出してきました。
色とりどりの攻撃魔法が宙を舞い、スタジアムに爆音が響き渡ります。
「まあ……っ!」
あまりの迫力に思わず悲鳴を上げそうになります。
しかしわたしの愛しい夫、レインハルト様は――ご自身の陣地から、一歩も動いていらっしゃらないようです。
白の魔導衣を翻し、自陣のクリスタル前の石柱に、ただ優雅に座っておられます。
彼が指先を微かに動かすたび空中に不可視の壁が生まれ、敵の放つ猛烈な炎や雷の魔法がまるで見えないガラスにぶつかったかのように霧散していくのです。
そして、レインハルト様の部下である四人の魔導師の方々は、まるで別人のように洗練された動きでフィールドを駆け抜けていました。
敵の隙を突く絶妙なタイミングで放たれる魔法。
完璧な連携。
彼ら自身も優秀な方々だとは存じておりますが、今の彼らはまるで、見えない糸で操られる精巧な人形のようですらありました。
「きゃーっ! レインハルト様っ、座っているだけであんなに格好いい!!」
わたしは周りの目も気にせず、前のめりになって黄色い歓声を上げていました。
肩にちょこんと乗っているキールも、わたしの声に合わせて「クエッ!」と小さな羽を羽ばたかせています。
周囲の貴賓席からも次々と感嘆のため息と称賛の声が漏れ聞こえてきました。
『あの圧倒的な余裕。さすがは最強と謳われるヴァルテンベルク公爵閣下だ』
平民の観客席からも「公爵様!」「無敵だ!」という熱狂的なコールが巻き起こっています。
自分の夫がこれほどまでに愛され、称賛されていることが誇らしくて、わたしの頬は自然と熱を帯びていました。
「……ふん。父上のことだから、どうせ大人気ない勝ち方をするに決まっています」
そんな熱狂の中、わたしの隣に座る十四歳の長男、リオンだけが分厚い魔導書から顔を上げて皮肉げに唇を尖らせていました。
「母上。父上はクリスタル前で座っているだけで、あんまり動いていませんよ。魔法もそんなに派手に展開していないし、部下の人たちの方がすごく頑張っているように見えます。……手抜きじゃないですか?」
「リオンお兄ちゃん、イジワル言わないで!」
十二歳のアルテミスが銀髪を揺らして、リオンの魔導書をパシリと叩きました。
「お兄ちゃんも魔導の勉強をしてるなら分かるでしょ? お父様は今、フィールド全域に髪の毛一本分よりも細い魔力の糸を張り巡らせてるのよ! 部下の人たち一人一人の魔力の揺らぎを完璧に制御して、敵の隙を見つけるたびに念話で指示を飛ばしてるんだから」
「アルテミス……よく見えているわね」
我が子たちの成長に、嬉しくなって微笑んでしまいます。
「リオンお兄ちゃんも、本当は分かってるくせに。……お父様は、自分が出るまでもないって言いたいんじゃなくて、部下の人たちに手柄を譲って、自分は全体の安全を守ることに徹してるんだよ。……ちゃんと褒めてあげてよ」
「……ふう。……別に、僕だってそれくらい分かってますよ。ただ、あんなにスカした顔で座っているのが気に入らないだけです」
「ふふっ。リオンは最近、反抗期だから……」
「違いますっ!」
「あ、その否定する時の顔、レインハルト様にそっくり!」
「……っ、……〜〜〜っ!!」
真っ赤になって魔導書に顔を埋めるリオンを見て、わたくしは思わずくすくすと笑ってしまいました。
下の子どもたち――サリエスやリリアン、イリス、そして三つ子たちも、「パパがんばれー!」と無邪気に声援を送っています。
家族のそんな和やかなやり取りをよそに、フィールド上の試合は一方的な蹂躙へと突き進んでいました。
レインハルト様の完璧な支援を受けた四人の部下たちは、わずか二十数分の間に敵陣を突破。
敵の防衛網を紙切れのように引き裂き、守護クリスタルへと肉薄します。
――パリィィンッ!!
小気味良い破砕音と共に、敵陣の赤クリスタルが粉々に砕け散りました。
その瞬間、スタジアムが揺れるほどの特大の歓声が爆発したのです。
圧勝。
誰の目にも明らかな、完全なる勝利でした。
「きゃ――っ! レインハルト様、お見事です!」
わたしが立ち上がって両手を振ると、フィールドのレインハルト様は数万の観衆の歓声も聞こえないかのように、まっすぐにわたしの方を見上げ、甘く優しげな微笑みを返してくださいました。
その熱を帯びた金色の瞳に射貫かれ、わたしの胸の奥がキュンと甘く締め付けられます。
『勝者、シルバード王国チーム!!』
魔導拡声器を通した実況の声が響き渡ります。
『圧倒的な力を見せつけたシルバード王国! さあ、続いての次戦の対戦カードは……』
歓声が少しだけ静まり、観衆が次のアナウンスに耳を傾けます。
『シルバード王国の次なる相手は――内陸の覇者、荒ぶる魔導の国! ベルツ王国です!!』
ドォォォォン……ッ! と、演出のための重低音がスタジアムを震わせました。
ベルツ王国。
その名を聞いた瞬間、スタジアムの空気がわずかに変わったのを感じました。
ドヨドヨと平民観衆たちの間にも動揺が広がります。
魔導研究においてシルバードと双璧を成すと言われる国ですが、あちらはより実戦的で、荒々しく、血生臭い魔導師が多いと聞きます。
「ベルツ王国……」
わたしは不意に冷たい風が頬を撫でたような気がして、肩を抱きました。
キールが「クエッ?」と首を傾げ、わたしの頬にすりすりと体を擦り付けてきます。
「大丈夫よ、キール。……レインハルト様が負けるはずなんてありませんものね」
わたしは小さく頷き、控室に戻ってくる愛しい夫を出迎えるために、子どもたちと共に席を立ちました。




