番外編_女神の提案と、絶望する守護者②
そこに立っていたのは「公爵」でも「魔導師」でもない、理性を完全に焼き切った一頭の飢えた獣でした。
「あ……レインハルト様……? ひゃあっ!」
彼は挨拶もそこそこにベッドへ歩み寄ると、わたしを乱暴に押し倒しました。
彼の熱い吐息と、むせ返るような濃密な魔力がわたしを包み込みます。
三日間渇望し続けた彼の匂いに、わたしのお腹の奥がじゅわりと熱く火照る。
「……っ、ああ、なんて匂いだ。三日間、熟成された君のフェロモンが……僕を狂わせる……っ!」
言葉を紡ぐ間もなく、飢えた唇がわたしの唇を塞ぎました。
舌が深く絡み合い、息継ぎすら許されないほどの猛烈な口づけ。
ドレスの胸元が乱暴に引き裂かれ、空気に触れた素肌に、彼の手のひらが焼き付くような熱を持って這い回ります。
「んんっ……! あ、はぁっ、だめ、あなた、そんなに急に……っ」
「だめじゃない。拒否権は無いという契約だったはずだ」
彼の指先が敏感な胸の膨らみを弄り、そのまま柔らかな内腿へと滑り込むと、わたしは雷に打たれたように身体を跳ねさせました。
三日間、触れられなかった反動は想像を絶するものでした。
少し撫でられただけで、目の前が真っ白になるほどの快感が脳髄を突き抜けます。
「シャル、君の中はもう、僕を欲しがってこんなに泣いているじゃないか」
耳元で囁かれる甘く淫らな声と同時に、彼の強大な魔力がわたしの最奥へと直接注ぎ込まれました。
「ああっ……! い、いや、ちがっ……。やぁ、そんなところ……っ!!」
「君が望んだ結果だろう? さあ、ここから先は……三日分の、たっぷり溜まった愛の罰だ」
理性が真っ白に染まる中、わたしは彼が与えてくれる底なしの快楽の渦へと、ただ為す術もなく呑み込まれていくのでした。
***
――そして、翌朝。
この三日間、邸内を覆い尽くしていた公爵の凄まじい重圧と殺気に、生きた心地がしていなかった使用人たちは今朝も震えながら業務に取り掛かっていました。
「今日も旦那様の機嫌が悪かったらどうしよう……」
「昨日なんて目が合った庭師が泡を吹いて倒れたんだぞ……」
使用人たちが戦々恐々とおそるおそる食堂の準備をしていた、その時です。
「おはよう、みんな。今日は実に素晴らしい朝だね。庭の小鳥たちのさえずりがまるで祝福の歌のようじゃないか」
ダイニングに現れたのは、鼻歌交じりのレインハルト様でした。
――ガシャンッ!!
その姿を見た瞬間、メイドは持っていた銀のトレイを派手に床へ落とし、他の使用人たちも一斉に腰を抜かしてその場にへたり込んでしまいました。
無理もありません。
そこに立っていたのは昨日までの「世界を滅ぼしかねない魔王」のような暗いオーラを纏った男ではなく、背後に神々しい後光すら見えそうなほど、憑き物が綺麗さっぱり落ちきった『極上の爽やか好青年』だったのですから。
三日分の溜まりに溜まった魔力と情熱をすべて放出しきった彼の肌はつやつやと輝き、金色の瞳は菩薩のように穏やかな慈愛に満ちていました。
「だ、旦那、様……? あの、奥様は……?」
床にへたり込んだまま、メイドが震える声で尋ねると、レインハルト様は思い出し笑いをするようにふわりと花が咲くような笑みを浮かべました。
「ああ、シャルはひどく疲れて眠っているから、今日は……いや、明日までは起きられないだろうね。絶対に寝室には近づかず、静かに休ませてあげてくれ」
「ひっ……!」
「ああ、そうだ。皆もこの三日間、僕の執務によく付き合ってくれた。今月の給金は全員『三倍』にしよう。では僕は上機嫌で仕事に行ってくるよ」
そう言い残し、レインハルト様は信じられないほど軽やかな足取りで王宮へと向かう馬車に乗り込んでいきました。
残された使用人たちは嵐が去った後のような静寂の中、誰からともなく主寝室の方向へ向き直りました。
「……奥様。公爵邸の平和を守るための過酷な聖戦……本当にお疲れ様でした……っ!」
腰を抜かした使用人たちが、まだ目を覚まさない(目を覚ませない)わたしに向けて、深い感謝と畏敬の念を込めて一斉に土下座をして祈りを捧げていたことなど。
腰から下の感覚を完全に失い、甘い微睡みの底に沈んでいたわたしは知る由もなかったのです。




