番外編_女神の提案と、絶望する守護者①
貴婦人たちとの密やかなお茶会は、時に魔導学の古文書よりも刺激的で実用的な知識をもたらしてくれます。
その日、公爵邸のサロンで既婚の貴婦人たちからこっそりと教えられた「夫婦の愛を深める秘訣」に、わたしは顔を真っ赤にしながらも、ひどく感銘を受けていました。
お開きになるなり、わたしはドレスの裾を翻して書斎へと向かい、執務中だったレインハルト様のもとへ駆け寄りました。
「レインハルト様! 聞いてくださいまし。今日、素晴らしい情報を仕入れてまいりましたの!」
わたしは愛用の扇を握りしめ、羽ペンを動かす夫へ身を乗り出しました。
「夫婦の夜の営みは毎晩続けるよりも、二、三日ほどあえて間を空ける方が良いそうですの。そうすることで互いの感受性が高まり、より良質な……え、ええと……魔力の交わりと申しますか、得られる快楽もぐっと深くなるそうですわ。わたしたちも、ぜひ試してみたいです!」
目をキラキラさせて語るわたしを、レインハルト様は心底げんなりした、あるいはこの世の終わりでも見たかのような表情で見返しました。
「……シャル。本気かい? 僕を殺す気かな」
「まあ、大げさですわ」
「大げさなものか。三日も君の肌に触れられないなんて、僕の魔力が暴走しておかしくなってしまうよ。……見てごらん、今この瞬間だって、君の甘い香りを吸い込まないと動悸がするんだ」
レインハルト様はまるで雨に打たれた大型犬のような、縋るような瞳でわたしを見上げました。
王国最強と謳われる冷徹な魔導師が、たった数日の「お預け」を宣告されただけでこれほどまでに打ちひしがれるなんて。
「これも試練ですわ、レインハルト様。新たな快楽の高みへ至るための、聖なる準備期間ですの。三日後のわたしたちはきっと今まで知らなかった素晴らしい世界を見るはずですわ!」
わたしが拳を握って力説すると、彼は盛大な、地を這うような深い溜息をつきました。
長い長い沈黙の後、彼は諦めたように、怜悧で、ひどく熱を帯びた光を宿した瞳でわたしを見つめました。
「……分かった。一度だけ、君のその恐ろしい『実験』に付き合おう。その代わり――」
彼はわたしの腰を引き寄せ、逃げられないように腕の中に閉じ込めると、耳元で低く、抗いがたい声で囁きました。
「三日も僕を飢えさせる対価として、三日後の夜は僕の好きにさせてもらうよ。つまり、僕が君に『どれほど激しいこと』をしようとも、途中で泣いて許しを請うても……君に拒否権は無い。いいね?」
ビクッと、背筋に甘い電流が走りました。
彼の声に含まれた凄まじい熱量に、下腹部がきゅうっと締め付けられます。
「三日分の……溜まりに溜まった僕の情熱と魔力のすべてを、一滴も漏らさず、君の奥底へ流し込んであげる。……いいね、シャル」
「え、えーーーと……、は、はい……」
にっこりと完璧な微笑みを浮かべるレインハルト様。
いつの間にか退路を断たれ、とんでもない契約を結ばされている気がしましたが、わたしは彼の圧倒的な雄の気迫に呑まれ、こくりと頷くしかありませんでした。
――しかし、わたしは「三日間の焦らし」というものを完全に甘く見ていたのです。
それからの三日間、公爵邸は異常な緊張感に包まれました。
レインハルト様は、わたしに触れたい衝動を抑え込むため、無意識のうちに邸中に重圧のような魔力を振り撒いていました。
すれ違う時の彼の金色の瞳はまるで獲物を狙う猛禽のように鋭く濁り、視線が絡むだけでわたしは衣服を剥ぎ取られたような錯覚に陥りました。
食事の際も、彼がワイングラスの縁を指でなぞるだけで、その指先が自分の肌を這っているような想像をしてしまい、顔が火照ってまともに食事が喉を通りません。
(どうしよう……わたしの方こそ、耐えられそうにないわ……っ)
彼に触れられない寂しさと、視線だけで犯されているような強烈な焦燥感。
わたしの身体の芯は常に熱を持ち、彼を求めて甘く疼き続けていました。
そして、約束の三日目の夜。
寝室の時計が深夜零時を告げた瞬間、バァン! と弾かれたように重厚な扉が開きました。
「……三日だ。一分一秒、数えていたよ、シャル」




