番外編_次期公爵の憂鬱な学園生活 リオンside
王立ラピスラズリ学園の中等部に進学し、十一歳になった僕、リオン・イル・ヴァルテンベルクの学園生活は、控えめに言っても憂鬱だった。
「……リオン。お前またフッたのか? さっき泣きながら走っていったの隣のクラスの男爵令嬢だっただろ」
放課後の教室。
僕の机の上に積み上げられた淡い香水の匂いがする手紙の山を見て、親友のセイジュが呆れたようにため息をついた。
「フッたというより、期待には応えられないと誠実にお伝えしただけだよ。それに、僕はまだ十一歳だ。恋愛だの結婚だの、そんなふわふわとした夢を見る年齢じゃない」
「十一歳だからこそ夢を見るんだろ、普通は! だいたいお前、入学してから告白してきた令嬢たちにことごとく冷たすぎるんだよ。少しはお茶に誘うとか、手を取って微笑むとかできないのか?」
侯爵家の嫡男であるセイジュは持ち前の明るさで女子生徒たちともうまくやっているらしい。
しかし僕に彼のような「普通の甘酸っぱい青春」を要求するのは、土台無理な話だった。
「……セイジュ。冷たいわけじゃないんだ。ただ、彼女たちの言う『好き』とか『愛している』という言葉が、僕にはどうしても軽すぎて現実味がないように聞こえてしまうだけで」
「軽いって……お前、あの子たちだって必死に勇気を出して……」
「だって彼女たちは僕のために世界の一つや二つ、滅ぼす覚悟なんて持っていないだろう?」
僕が真顔で尋ねると、セイジュは口を半開きにしてフリーズした。
「は?」
「それに、僕なしでは息もできないほどの執着も見せてくれないし、僕を自分の手元に永遠に閉じ込めるために、ありとあらゆる退路を魔法で焼き尽くすような真似もしない。……もちろん、毎晩僕の命や魔力を骨の髄まで吸い尽くすような、恐ろしい渇望を持っているわけでもない」
淡々と僕が言葉を続けるにつれ、セイジュの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「ちょ、ちょっと待てリオン。お前の言う『愛』のハードル、バグってないか……!? なんだその、国が二、三個滅びそうな愛の形は!」
「そうかな? 我が家ではそれが日常だけど」
僕は窓の外、王都の空を見上げながら、深い深いため息をついた。
物心ついた時から僕の目の前には「狂気的で、重すぎる絶対的な愛」の完成形があった。
母上が少し咳き込めば空間魔法を歪めてでも王都中の治癒術師を秒で拉致してくる父上と、そんな父上の魔力と精気を文字通り吸い尽くしながら、神々しいまでの美しさを保ち続ける母上。
二人の間には、子供である僕たちでさえ立ち入ることのできない、甘くどろどろとした『黄金の檻』が存在している。
あの致死量の愛と執着を見せつけられて育った僕が、「放課後に一緒に図書室に行きたいです」と頬を染める中等部の令嬢たちの可愛らしい恋心に、どうして本気で応えられるというのか。
「……悪いけど、僕には一緒に手をつないでお茶会で笑い合うだけの関係を『愛』とは呼べないんだ。……もし僕が本気で誰かを愛したら、きっと相手を壊すか、自分が壊れるかのどちらかになる」
「お、お前……顔が良くて成績トップの完璧な貴公子だと思われてるけど、中身は完全に公爵閣下そのものじゃないか……っ」
セイジュがドン引きしながら後ずさるが、否定はできなかった。
僕は父上を尊敬しているし、母上を心から愛している。
だからこそ、自分が中途半端な気持ちで誰かの手を取ることは許されないと知っていた。
「そういうわけだからこの手紙はすべて、丁重にお断りの返事を書いてお返しするよ」
「……お前がいつか、お前のお父上みたいに狂える相手に出会って王都中が火の海にならないことを祈るよ」
セイジュはやれやれと肩をすくめ、自分の鞄を手に取った。
誰もいない教室で、僕は自分の指先を見つめる。
ヴァルテンベルク家の「愛が重すぎる血統」は、間違いなく僕の中にも色濃く受け継がれている。
いつか僕の前に、父上にとっての母上のような、絶対的な存在が現れる日が来るのだろうか。
もしそんな日が来たら――その時は迷わず、僕のすべてを賭けて、彼女を僕だけの檻に閉じ込めよう。
十一歳の僕は、そんな少しだけ仄暗い決意を胸に秘めながら、今日も完璧な優等生の仮面を被って学園生活を送るのだった。




