番外編_王都デートと、ロイヤル尾行隊 レインハルトside
久しぶりに数日間の休暇をもぎ取った僕は愛する妻であるシャルロットを連れて、王都の商店街へとデートに出かけていた。
先日の収穫祭の一件で、高貴な身分を隠すのは逆効果だと反省し、今回は平民のフリはやめた。
申し訳程度にシャルには顔が見えにくいヴェール付きの帽子を被らせはしたが……。
それでも彼女の内側から溢れ出る輝くような美しさは隠しきれず、すれ違う人々の視線を釘付けにしていたが、僕が隣で凄まじい威圧感を放っているため声をかけてくる命知らずはいなかった。
「ふふ、王都の街を二人で歩くなんて学生時代ぶりですわね、レインハルト様」
シャルは僕の腕にそっと両手を絡ませ、花が咲くような笑顔を向けた。
その愛らしさに僕は今すぐ彼女を抱き上げて公爵邸の寝室へ引き返したくなる衝動をぐっと堪え、優しく微笑み返した。
「ああ。今日は君の行きたいところへ、どこへでも連れて行くよ」
――しかし。
馬車を降りてから開始五分。
僕は内心で、盛大なため息を吐きそうになっていた。
(……やれやれ。王族というのは、本当に暇を持て余しているらしいな)
僕の研ぎ澄まされた魔力探知が、背後からコソコソとついてくる『三つの気配』を正確に捉えていたのだ。
少し離れた路地の陰や、屋台の裏。
変装用の安っぽい外套を頭から被っているが、その隠しきれない高貴な(そして無駄に高い)魔力波長で一発で分かる。
『シャルロット親衛隊』を自称する出戻りのナタリア王女。
僕を神と崇める熱狂的ファンの第七王女、アリシャ。
そして、「なんでオレがこんなことに……」と泣きそうな顔で二人の王女に引きずられている、最近(王宮の)親衛隊に昇格したリオネル・ヴァレンティーヌだ。
公爵夫妻のデートを覗き見しようという、なんとも悪趣味な『ロイヤル尾行隊』である。
おそらくは、僕が浮かれて休暇前に部下に漏らしてしまっていたこの「王都デート」を聞きつけ、網を張っていたのだろう。
普段の僕なら振り返りざまに威嚇の雷撃でも落として黒焦げにしてやるところだが……隣を歩くシャルは、綿菓子を買ってもらってこの上なく幸せそうに微笑んでいる。
この完璧なデートの空気を、あんな連中のために壊すのは癪だ。
(……いいだろう。なら、お前たちのその浅知恵、僕とシャルのデートのために有効活用させてもらおう)
僕は唇の端を吊り上げ、シャルをエスコートして中央の噴水広場へと向かった。
案の定、尾行隊も慌てて距離を詰めてくる。
と、その時。
広場の陰に隠れようとしたアリシャ王女が、石畳の段差に派手に躓いたのが気配で分かった。
「ひゃっ!?」という小さな悲鳴と共に、彼女が無意識に練り上げていた『水魔法』が暴発し、あろうことか僕とシャルに向かって、大量の水しぶきが飛んできた。
――愚かな。
僕は歩みを止めることなく、瞬時に無詠唱で風と光の魔法を編み上げた。
飛んできた水しぶきを風の結界でふわりと空中に滞空させ、そこへ太陽の光を極限まで計算して屈折させる。
「あっ……!」
シャルが驚いたように声を上げた。
僕たちの頭上、滞空した無数の水滴が光を反射し、シャルの頭上を覆うようにキラキラと輝く『小さな七色の虹』を作り出したのだ。
「まあ、綺麗……! 見てくださいレインハルト様、こんなに晴れているのに、わたしたちの頭の上にだけ虹が架かりましたわ!」
「……君の美しさに、天の女神も祝福を贈っているのだろうね」
僕が甘い言葉を囁くと、シャルは頬を染めて嬉しそうに目を細めた。
一方、路地裏の尾行隊はパニックに陥りつつも、勝手に感極まっていた。
『あ、あわわわ! ごめんなさいレインハルト様!』
『見なさいアリシャ! レインハルトお兄様はあなたの暴発した魔法を瞬時に利用して、奥様へのサプライズ演出に変えたわよ!』
『ヒィィ……! あの一瞬で水滴の質量と光の屈折率を計算して虹を作るなんて……やっぱり公爵閣下は化け物だな……!』
――その通りだ。
もっと僕を褒め称え、デートの演出の糧となれ。
続いて僕たちが花屋の立ち並ぶ通りを歩いていた時だ。
今度は、前のめりになって僕たちを覗き込もうとしたナタリア王女が立て看板に激突した。
その衝撃で花屋の店先に並んでいた大量の薔薇の花びらが、風に乗って宙に舞い上がってしまった。
これも僕にとっては絶好の素材だ。
僕は指先をわずかに動かし、重力魔法と風魔法を複合させて展開。
ただ散るだけだったはずの花びらを、まるで意思を持っているかのようにシャルの周囲へと誘導し、優雅な螺旋を描かせながら彼女の足元へとふわりと降らせた。
「わあ……っ! 今日はなんだか不思議で素敵なことばかり起きますわね!」
「……君が愛されている証拠だよ、シャル」
花びらの舞う中で微笑む妻は、世界中のどんな絵画よりも美しかった。
僕は思わずシャルの額に、周囲の目も憚らずに深いキスを落とした。
『きゃああああ! シャルロット様、素敵ぃぃっ!』
『レインハルト様、かっこいいいい!』
『……もう帰りたい……。あの夫婦の当て馬にされるのはもう嫌だ……っ』
背後から漏れ聞こえる黄色い悲鳴と、リオネルの絶望の呻きをBGMにしながら、僕たちの王都お忍びデートは最高潮の盛り上がりを見せた。
結局、その日一日。
尾行隊がやらかすドジ(魔法の暴発、物の落下、突風など)を、僕がすべて背後手でロマンチックな魔法演出へと変換し続けた結果、シャルロットは「魔法みたいに素敵なデートだったわ!」と大満足で公爵邸へと帰還することになった。
「楽しんでくれて何よりだ」
自分の魔力をほとんど消費することなく、タダで妻を喜ばせることができたのだ。
費用対効果としては悪くない。
翌日、王宮の大広間で顔を合わせたリオネルが、目の下に酷いクマを作りながら「閣下……昨日は、ご馳走様でした……」と魂の抜けた声で報告してきた。
どうやらロイヤル尾行隊の二人の王女は、僕の『寸分の狂いもない完璧な演出魔法』と、僕たち夫妻の致死量の甘さにあてられ完全に知恵熱を出して寝込んでいるらしい。
「ふん。あれくらいで倒れるとは、王族もまだまだだな」
僕は鼻で笑いながら、今夜シャルにどんな甘い言葉を囁こうかと考え、上機嫌で執務に取り掛かるのだった。




