番外編_王家主催の食事会と、小さな熱狂的ファン
年に一度、王家がヴァルテンベルク公爵家との親睦を深めるためだけに開催する、極秘かつ特別な食事会。
王宮の豪奢なプライベートダイニングに出席したのは、ヴァルテンベルク家からはレインハルト様とわたしの夫婦のみでした。
対する王家側は、国王陛下、王太子殿下とマリアンナ妃殿下。
ここまでは例年通りの顔ぶれだったのですが……。
「まあ、ナタリア様!? あなたは隣国へ降嫁されたはずでは……!?」
わたしは目を丸くして、目の前に立つ豪快な笑顔の王女殿下を見つめました。
なんとそこには、すでに他国へ嫁いだはずのナタリア王女殿下の姿があったのです。
「ふふふ! シャルロット様にお会いしたくて、里帰りの時期を無理やりこの食事会に合わせて調整いたしましたの!」
『自称・シャルロット親衛隊』を名乗るナタリア様は、興奮した様子でわたしの両手を取ってぶんぶんと上下に振りました。
「シャルロット様が公爵邸から出ることなど滅多にありませんから、こんな機会でもないと落ち着いてお顔を拝見してお話することもできませんわ! ……まったく、どこぞの過保護すぎる旦那様のおかげで!」
ナタリア様はそう言うと、わたしの背後に立つレインハルト様をジロリと鋭く睨みつけました。
当のレインハルト様といえば、国王陛下の前だというのに隠す気もない深いため息をつき、「やれやれ、これだから王族は暇で困る」とでも言いたげな、ひどく面倒くさそうな顔をしています。
「……ナタリア殿下。お久しぶりです。ところで、あなたの後ろに隠れているその可愛らしいお嬢さんは?」
レインハルト様が矛先を逸らすように視線を向けた先には、ナタリア様のドレスの陰に隠れるようにしてこちらを窺っている、金髪翠目の年若い少女の姿がありました。
「ああ、ご紹介が遅れましたわね。わたしの妹で、第七王女のアリシャです。今年十二歳になりますわ。ほらアリシャ、ご挨拶を」
「は、は、は、は、初めマシって! アリシャ・デルタ・シルバードでふ……っ。ひゃっ、噛んじゃった……っ」
促されて前に出たアリシャ王女殿下は顔を真っ赤にして勢いよく頭を下げたかと思うと、見事に舌を噛んで涙目になってしまいました。
「まあ、ふふっ。初めまして、アリシャ様。シャルロット・イル・ヴァルテンベルクと申します」
わたしが微笑ましく思って優しく声をかけると、アリシャ様は「ひぇっ、女神様……!」と呟いて後ずさりました。
するとナタリア様がからかうように、ニヤニヤと笑いながら爆弾を投下したのです。
「実はこの子、レインハルトお兄様の大ファンなのですって」
「まあ!」
「……え?」
わたしがパッと花が咲くように喜んだのに対し、レインハルト様は本気で間抜けな声を出して固まってしまいました。
無理もありません。
彼は王都の貴婦人たちからは憧れの的ですが、十二歳の王女様から純粋なアイドルのような目を向けられることなど、彼の計算には全く入っていなかったのでしょう。
「あ、あのっ、レインハルト様……っ! わ、わたくし、あなた様が発表された『多重並列詠唱の効率化に関する論文』を読んで、本当に感動いたしまして!」
一度口火を切ったアリシャ様の熱量は凄まじいものでした。
翠の瞳をキラキラと輝かせ、両手をぎゅっと握りしめてレインハルト様を見上げます。
「一瞬で五つの上位魔法を構築するなんて、歴史上のどの魔導師にもできない神業です! それに、魔物討伐の視察に行かれた際の、あの漆黒の外套を翻して魔物を一掃されるお姿の絵姿……。わたくし、お部屋に飾っておりますの! いつかレインハルト様のような偉大な魔導師になりたくて……っ!」
顔をゆでダコのように真っ赤にして、早口でレインハルト様の偉業を語り尽くすアリシャ様。
完全に『推し』を前にした熱狂的ファンの顔です。
「……あ、いや。その……論文を読んでくれたのは、光栄、だが……」
王国最強の魔導師であり、冷徹な公爵として恐れられるレインハルト様が十二歳の少女の純粋すぎる熱量に圧倒され、かつて見たことがないほどたじたじになって後ずさっています。
わたし以外の女性(しかも子ども)にどう接していいか、本気で分からなくなっているようです。
「ふふふ。アリシャったら、今日はレインハルト様に会えるからって、朝からドレスを三着も着替えていたんですよ?」
そこへ優雅な笑みを浮かべた王太子妃のマリアンナ様まで、面白がって会話に加わってきました。
「マリアンナお義姉様! それは内緒ですってばぁっ!」
「いいじゃない。ヴァルテンベルク閣下、我が国の可愛い姫君の憧れの的なのですから、少しは優しくエスコートして差し上げてくださいな」
「は……いや、しかし私は妻の隣から離れるわけには……」
「まあ、レインハルト様。今日くらいいいではありませんか。ねえ、アリシャ様?」
「うわぁぁん! シャルロット夫人まで! でも、レインハルト様、本当にかっこよくて……っ!」
公爵夫人、出戻りの王女、王太子妃、そして熱狂的ファンの第七王女。
女性陣だけで完全にキャッキャと盛り上がってしまい、食事会の空気はもはや「公爵夫妻を囲むお茶会(兼ファンミーティング)」と化していました。
「……おい」
「……はい、父上」
その光景を、円卓の向こう側から冷めた目で見つめている男たちが二人。
国王陛下と、王太子殿下です。
「この会は一応、国家の最高戦力である公爵を労い、王家との結びつきを再確認するための、極めて重大な公式行事だったはずだが」
「……ええ。ですが、あの女たちの暴走を止められる者が、この国に存在するでしょうか」
「……いないな」
国王陛下と王太子殿下は、同時に深く長いため息をつきました。
「……皆の者、そろそろ席に着かんか。スープが冷めるぞ」
「あら、いけませんわ陛下。アリシャのお話はこれから佳境ですのに!」
「そうですよ! お兄様の氷結魔法の美しさについて、まだ三分の一も語っていません!」
結局、その日の食事会は、困惑しきったレインハルト様がアリシャ様からの終わりのない「魔導師への質問攻め」に付き合わされ続けるという、彼にとってはある意味で魔物討伐よりも過酷な時間となったのでした。




