番外編_家族でお出かけ
収穫祭の活気に沸く王都。
その喧騒を遠くに聞きながら、わたし、シャルロットは精一杯の「お願い」をレインハルト様にぶつけていました。
「レインハルト様! たまには普通の家族のように、みんなでお祭りに行きたいですわ。子どもたちも屋台の焼き菓子や広場のダンスを楽しみにしていますの」
八人の子供たち――長男リオンを筆頭に、双子、リリアン、イリス、そして生まれたばかりの三つ子たち。
これほどの子宝に恵まれながら、わたしたち家族が揃って「市井の楽しみ」を味わったことは一度もありませんでした。
理由は明白。
レインハルト様の異常なまでの過保護と独占欲です。
「……シャル、正気かい? あんな不衛生で海千山千の男たちがうろつく場所に君を連れて行くなんて。僕にとっては自殺行為に等しいよ」
レインハルト様はまるで奈落の底をのぞき込むような深刻な顔で溜息をつきました。
けれど、わたしが潤んだ瞳で見つめ、リオンたちが「僕たちの魔法で母上を完璧に隠しますから」と加勢すると、彼はついに折れたのです。
「……分かった。ただし、『完全変装』が条件だ。一分でも僕の許容範囲を超えたら即座に帰還する。いいね?」
***
当日。
わたしたちは公爵家の人間であることを隠すため、地味な茶色のローブを着用し、フードを深く被りました。
レインハルト様はわたしの髪一房さえも見えないようにフードをピンで留め、さらに「認識阻害」の術式を重ねて、わたしたちを「どこにでもいる村人家族」に仕立て上げたはずでした。
ところが。
一歩、城下町のメインストリートへ踏み出した瞬間。
(……あら? 何だか視線を感じますわ……)
認識阻害の魔法がかかっているはずなのに、通り過ぎる男たちが皆、磁石に吸い寄せられる鉄屑のように、ふらふらとわたしたちの方を振り返るのです。
理由はしばらくして分かりました。
わたしが歩くたびに、フードの隙間からガラス細工のように透き通った薄紫色の髪がキラキラと光を放ち、さらには、わたしの身体から匂い立つピンクローズの上質な香水の芳香が、認識阻害の魔法さえも突き抜けて周囲に拡散してしまっていたのです。
「……っ。おい、あっちのローブの女、見てみろよ……。顔は見えないが、なんていい匂いだ……」
「ああ、あんなに神々しく光り輝くなんて、ただの村人なわけがない……」
男たちが一人、また一人と、わたしの背後を無言でついてき始めました。
それはまるで女王蜂に惹かれる働き蜂の群れ。
「……父上。後ろ、十人ほど処理します」
わたしの隣を歩くリオンが、レインハルト様に負けないほど冷徹な声で囁いたことなど気付かないうちに。
彼は父譲りの指先一つで発動する無詠唱魔法を使い、わたしに近づこうとする男たちの足元に「微細な落とし穴」を掘ったり、脳内に直接「強烈な睡魔」を送り込んだりして、音もなくなぎ倒していったのです。
「あ、あれ……? 急に眠気が……」
「うわっ、足が……!」
背後でドサドサと人が倒れる音が響きますが、わたしは「あら、今日は転ぶ方が多いですわね」と、のんきに屋台の綿菓子を見つめていました。
ようやく収穫祭のメイン会場である中央広場の門が見えてきました。
香ばしいお肉の焼ける匂いと陽気な音楽。
子どもたちが「わあ、お城のパーティーとは全然違うわ!」と目を輝かせた、その時です。
一人の酔っ払った男がリオンの魔法の網をかいくぐり、わたしの肩に手をかけようとしました。
「へへ……。ねえちゃん、そんなにいい匂いさせて、どこへ行くんだい……? ちょっと顔を見せて――」
その手がわたしのフードに触れるよりも早く。
「――その汚らわしい指を、原子レベルで分解してあげようか」
空気が一瞬で絶対零度まで凍りつきました。
わたしの隣にいた「地味な村人」の変装が激しい魔力の奔流によって霧散し、中から漆黒の魔導衣を纏い、瞳に黄金の殺意を宿したレインハルト様が姿を現しました。
「あっ!? レインハルト様、変装が……!」
「変装などもういい! シャル、聞こえるか、この男たちの下俗な心音を! 君を、僕の妻を、あろうことか『ねえちゃん』などと呼び、触れようとした……!!」
ズドォォォォォン……ッ!!
レインハルト様の周囲には物理的な壁となって迫り来る黄金の魔圧が展開され、会場の入り口にいた人々が悲鳴を上げて逃げ惑い始めました。
「お父様、やりすぎですよ! 会場が壊れちゃう!」
サリエスが叫びますが、もう手遅れでした。
レインハルト様はわたしを横抱きに抱え上げ、理性をかなぐり捨てた絶叫を上げました。
「無理だ! 到底僕の精神が持たない! シャルはやはり外に出してはいけないんだ! この芳香も、その髪や肌の輝きも、すべて僕の腕の中だけで誰の目にも触れさせずに守り抜かなければならない!!」
「レインハルト様!? でもお祭りが……!」
「祭りなど中止だ! 収穫祭は今日から公爵邸の中で僕と君の二人だけで行う!! やはり外出は禁止だ!!――転移!!」
レインハルト様が地面を強く踏み抜いた瞬間、わたしたち家族全員を包み込む巨大な魔法陣が発動しました。
お祭りの音楽が遠ざかり、一瞬の浮遊感の後。
気がつくと、わたしたちは公爵邸の、いつもの「主寝室」へと戻っていました。
「……あーあ。結局こうなるんだ」
リオンが、手に入れ損ねた焼き菓子のことを想ってか、深いため息をつきました。
「レインハルト様……。みんな楽しみにしていましたのに……」
わたしが少しだけ不満げに彼を見上げると、レインハルト様はわたしをベッドへと押し倒し、焦燥感に焼かれた手つきでわたしのフードを剥ぎ取りました。
「……ごめんよ、シャル。だが君が悪いんだ。……あんなに僕の魔力で満たし、僕のすべてで保護しているというのに。……なぜ、外に出るだけであんなに無防備に男たちを惹きつける色香を放ってしまうんだ」
「そんな、わたしはなにも……。この最高級の香水だってあなたが結婚記念日にプレゼントしてくれたものではありませんか」
「香水だけの問題ではないんだよ」
彼はわたしの首筋に深く顔を埋め、まるで自分の存在を上書きするように、熱い吐息と独占の印となる口づけを刻み始めました。
「……今夜は、お祭りの代わりに僕のすべてを君の中に明け渡したい。……君が二度と、『外に行きたい』なんて考えられないほどにね」
わたしは夫のあまりにも激しく、けれど愛おしい執着に降参し、お祭りよりも熱い「二人だけの収穫祭」へと身を委ねることになるのでした。
結局、お出かけもお祭りも、レインハルト様の独占欲という名の鉄壁の前に敗北してしまったのです。




