番外編_公爵邸のハマム②
泡だらけになって大理石の床を滑っていくという大惨事から一転。
お互いの滑稽な姿を笑い合いお湯で綺麗に泡を洗い流した後、わたしは宣言通りにレインハルト様の背中を流そうとしました。
「さあ、レインハルト様。背中を向け……きゃっ」
「……いいや。やはり、君からだ」
ふわりと腕を引かれ、気がつけばわたしは再び部屋の中央に据えられた大きな白大理石の台の上に仰向けに寝かされていました。
じんわりと芯から温まるような石の熱が、濡れた背中から伝わってきます。
「レ、レインハルト様? さっき、わたしの番だって……」
「さっきのは『事故』だろう? 僕が君に至高の癒やしを与えるという、本来の目的がまだ果たされていないからね」
そう言って微笑む彼の金色の瞳には、先ほどまでの困惑した色は微塵もなく、代わりにわたしがよく知る『ひどく甘くて、危険な熱』が宿っていました。
彼は再び石鹸の入った布袋を手に取ると、今度は魔法を使わず、彼自身の手で丁寧に、きめ細かく濃密な泡を立てていきます。
「……っ」
その泡をたっぷりと纏った大きくて少し武骨な手が、わたしの足首を掴みました。
ふくらはぎから膝、そして太腿へと、マッサージするようにゆっくりと滑り上がってきます。
普段の入浴とは違う、泡の極上の滑らかさと逃げ場のない高湿度のスチーム。
視界が白く霞む密室の中で触覚だけが恐ろしく鋭敏になっていくのがわかりました。
「シャル。……熱くないかい?」
「は、はい……少し息苦しいくらいで、でも、気持ちいいです……」
「そうか。君の肌は熱に浮かされていつもより敏感になっているみたいだね」
レインハルト様の手が腰のくびれからお腹、そして胸の谷間へと這い上がってきます。
泡を挟んで密着する彼の手のひらから、直接流し込まれるような濃密な魔力。
それが、熱気と共にわたしの身体の奥底をじわじわと甘く焼き焦がしていきました。
「あ……んっ、レインハルトさま……」
自分でも驚くほど、甘ったるい声が漏れてしまいました。
ぽかぽかしていたはずの身体が今は別の意味で火照り、奥から疼くような渇きを感じます。
(だめ……レインハルト様に魔力を流し込まれると、身体が熱くなって……)
わたしの内側に眠る、『淫魔』としての本能。
それがこの特殊な環境と極上の快感によって、完全に目を覚まそうとしていたのです。
彼の魔力と精気が欲しくて、彼自身に隅々まで触れてほしくて。
「……シャル?」
わたしの異変に気づいたのか、レインハルト様の手が止まりました。
わたしは潤んだ目で彼を見上げると、自分から両腕を伸ばし、彼の濡れた首筋にしがみつきました。
「……もっと、触って、ください……」
「っ……」
「あなたの愛が欲しくて……、身体の奥が溶けちゃいそうです……」
泡まみれの腕で彼を引き寄せ、その熱い唇を自ら奪いました。
ちゅっ、と水音を立てて唇が重なると、彼の中から甘くて濃厚な魔力がわたしの舌先へと流れ込んできます。
それが嬉しくて、もっと深く彼を味わおうと自ら舌を絡ませると、レインハルト様の喉の奥から、低く掠れたうめき声が漏れました。
「君という人は……こんなところで僕を煽るなんて」
唇を離した彼の顔は、もう『優しい夫』のそれでは到底なく、飢えた狩人のようにギラギラと燃え上がっていました。
わたしから無意識に溢れ出した『誘惑の香り』が、密室のスチームに溶け込み、彼の理性を跡形もなく吹き飛ばしてしまったのです。
「リラクゼーションはここまでだ。……さあ、君も僕に触れて」
レインハルト様の大きな身体が、わたしの上にのしかかってきました。
大理石の熱と彼自身の体温。
泡で滑る肌と肌がぴったりと密着し、逃げ場のない快感が全身を貫きます。
「ああっ……! あなたの身体、たくましくて素敵ですわ」
「君の肌は吸い付くように滑らかで、真珠のように白く美しい ……。さあ、僕の全部を吸い尽くしてごらん」
スチームに霞む異国の蒸し風呂は、気づけば限界まで魔力と快感を貪り合う、ひどく淫らで甘い蜜の部屋へと変わっていました。
大理石の上で泡と汗にまみれながら、わたしは彼の名前を何度も何度も呼び、その夜は本当に、骨の髄までとろけてしまうかと思うほどの甘い夜を過ごしたのです。




