番外編_はじめてのお菓子作りは、劇薬の香り アルテミスside
今日はお父様とお母様の大切な『結婚記念日』!
だからわたしたちきょうだいで、二人に内緒で最高のサプライズケーキを作ってあげることにしたの。
「いい、みんな。今日はお父様とお母様のために、わたしたちだけで最高のお祝いケーキを作るのよ!」
踏み台に乗って腕組みをした六歳のリリアンが、ピシッと指示を出す。
厨房のお髭の料理長たちは最初「火と刃物は危ないですから!」って泣きそうになってたけど、わたしとサリエスがちょっと魔力を込めてお願いしたら、隅っこで震えながら静かに見守ってくれることになったわ。
「任せてリリアン! 火力なら私が一番なんだから!」
「冷却は僕の出番だね。一瞬で冷やしてあげるよ」
わたしと双子の弟、サリエスも気合十分!
リリアンが分厚いレシピ本を読み上げながら、小麦粉や卵をボウルで混ぜ合わせていく。
「ええと、これを型に流し込んで、オーブンで四十分ほど……」
「し、四十分も待てないわ! いくよ、えいっ! 『焦熱の炎』!」
「きゃっ!? アルテミスお姉様、火力が強すぎ……!」
わたしの指先から放たれた炎が、オーブンごとケーキの型を包み込む。
ちょっとやりすぎちゃったかなと思ったけど、すかさずサリエスが動いてくれた。
「はいっ、絶対零度!」
「ちょっとサリエス、今度は凍っちゃうじゃない!」
炎と氷がぶつかり合って、厨房にすごい風が吹いた。
料理長さんが泡を吹いて倒れちゃったけど、煙が晴れたらケーキはふんわりと完璧な黄金色に焼き上がっていたの。
さすが私たち双子のコンビネーションね!
「わあ、できたわ! あとはクリームとイチゴを乗せて……イリス、仕上げをお願い!」
「あい!」
リリアンに呼ばれて、三歳のイリスが背伸びをして身を乗り出した。
イリスは小さな両手をケーキの上にかざして、目をぎゅっと瞑った。
「ママとパパが、もぉーっとラブラブになる、おまじない! えいっ!」
ぽわぁん、と。
イリスの小さな手から桜色と金色のキラキラした光の粒がこぼれ落ちて、ケーキ全体に染み込んでいく。
「……なんかケーキがピカピカ光り出したけど、大丈夫かしら?」
「お祝いのケーキなんだから光った方がかっこいいに決まってるわ!」
わたしの完璧な結論により、黄金に発光する手作りケーキは、無事にお父様とお母様の待つサロンへと運ばれることになったの。
――そして、サロンにて。
「まあ……! あなたたち、これを自分たちで作ってくれたの?」
テーブルに置かれた光るケーキを見て、お母様は感動でおめめをキラキラさせてくれた。
でも、お父様はケーキを見た瞬間、なぜかすっごく難しい顔をして目を細めたの。
「……すまない、アルテミス、サリエス。このケーキには、何か魔法を付与したのか? ひどく嫌な予感……いや、凄まじい魔力反応を感じるのだが」
「もう、お父様ったら! 私たちが一生懸命作ったんだから、疑うなんていけませんわ!」
「パパ、あーんして!」
イリスにフォークを突きつけられて、お父様もついに観念したみたい。
お父様とお母様は顔を見合わせると、一緒に光るケーキをぱくりと食べた。
「……ん? 意外と美味しいな」
「本当、甘くてとっても美味しいですわ! ……あ、れ……?」
美味しいって言ってくれた直後だった。
お母様のお顔が、ゆでダコみたいに真っ赤に染まったの!
緋色の瞳がとろんと潤んで、なんだか苦しそうな、でも甘い吐息を漏らしている。
「はぁっ……ん……どうしよう、レインハルト様……急に、身体の奥が、熱く、て……っ」
「シャル……っ!?」
お母様から、なにか甘ったるいような、魔力の波動のようなものがフワッと広がった。
それと同時に、お父様の様子もおかしくなったの。
普段の厳格なお父様じゃなくて、魔物討伐の時よりもずっと怖い、ギラギラした野生の獣みたいな目でお母様を見つめている。
「パパ? ママ? ケーキ、おいしかった?」
イリスが首を傾げて聞くと、お父様はギリギリと歯を食いしばりながら立ち上がった。
「……ああ。最高に美味しいケーキだった。アルテミス、サリエス、リリアン、イリス……本当によくやってくれた」
「やったー!」
お父様に褒められて、わたしたちは大喜び!
「だが、父上と母上は、これから二人だけで少し『特別なお祝い』をしなければならなくなった。……アンナ! 子供たちを頼む。今日はもう寝かしつけろ!」
お父様はそう言うなり、へたり込んでいるお母様を軽々と抱き上げて、すごいスピードでサロンを飛び出していったの。
「きゃあっ! あ、あなた、だめ、子どもたちの前で……っ!」
「いいや、限界だ。……君のせいだからな、シャル。三日は寝室から出さない」
バァン!! って、遠くで主寝室の重厚な扉が閉まる音がした。
さらにお父様の防音結界が何重にも張られる気配がして、邸がビリビリ震えたわ。
「……パパとママ、すっごく急いでたね」
「うん! きっと私たちが作ったケーキが美味しすぎて、二人きりでお祝いしたくなったのよ!」
大成功ね!
わたしとリリアンは、満面の笑みでハイタッチを交わした。
「……お前たち、とんでもない劇薬を生み出した自覚を持てよ……。母上が干からびてしまわないか、僕は心底心配だよ……」
ふと見ると、サロンの隅っこで分厚い本を読んでいた長男のリオンお兄様が、こめかみを押さえて深いため息をついていた。
劇薬?
干からびる?
お兄様の言っている意味は全然わからなかったけど、お父様とお母様がラブラブになったんだから、私たちの作戦は大大大成功よね!




