番外編_リオンの憂鬱 リオンside
王立ラピスラズリ学園の格調高いラウンジ。
昼下がりの柔らかな陽光が差し込む中、公爵家の長男であり、学院でも「若き天才」と名高い僕は珍しく眉間に皺を寄せ、難しい顔でため息をついていた。
「……どうしたんだい、リオン。そんなに深くため息をついて。新作の術式にでも詰まったのか?」
声をかけてきたのは親友であり、侯爵家の嫡男であるセイジュだった。
僕は手元の魔導書を閉じると弱りきったように顔を上げた。
「いや……。術式ならむしろ、今の僕の悩みよりはずっと論理的で解決しやすいよ、セイジュ」
「ふうん? 冷静沈着な君がそこまで言うなんて。一体何があったんだ?」
僕は周囲を一度見渡し、声を潜めて切り出した。
「……父上の独占欲が、いよいよ限界突破しているようなんだ」
「公爵閣下の? ああ……レインハルト閣下といえば、愛妻家として有名じゃないか」
セイジュは笑って答えるが、僕の表情は晴れない。
「有名なんてレベルじゃないよ。昨日もね、僕と双子たちが協力して母上をゆっくり休ませてあげようと庭園に『最強の結界』を張ったんだ。でも父上は公務から戻るなり、たった数秒でその結界を『空間ごと』捻じ切って侵入してきたんだよ」
「ははは! さすがは王国最強の魔導師だね」
「笑い事じゃないよ。僕たちが作った『水晶の境界』は、並みの魔導師じゃ絶対に破れない多重結界だったんだ。それに母上を抱き上げた後の父上の顔といったら……。あんなに蕩けた顔、部下や国王陛下が見たら腰を抜かすよ。昨日なんて僕たちに『今日は母上を僕に譲ってくれてありがとう。お礼に最高級の魔石をあげよう』なんて、賄賂まで渡してきたんだ」
セイジュは呆れ顔になりながらも、少し羨ましそうに僕を見た。
「でもさ、リオン。君の父上はこの学院の女子生徒……いや、僕たちの母親世代の貴婦人たちにとっても永遠の憧れなんだぜ。知ってるか? 先日の夜会の後、僕の母上なんて『レインハルト閣下がシャルロット夫人の腰を抱く際の手の動きが、あまりに色気があって直視できなかった』って、寝込んでたんだから」
「……僕の父をそんな目で見るのはやめてほしいな」
僕は思わず顔を赤らめたが、セイジュの話は止まらない。
「それに夫人のシャルロット様も。あんなに美しい人が八人目の赤ちゃんを授かっていっそう輝いてるんだ。そんな二人が人前で少し見つめ合うだけで空気が甘くなるのは当然だろう。君にとっては日常かもしれないけど、僕たちから見れば神話の世界だよ」
僕は今朝の光景を思い出した。
馬車で王宮に赴く直前の父上が、母上の手に何度も、それこそ執拗なまでに口づけを落としていた姿。
母上も母上で恥ずかしがりながらも「レインハルト様、また夜に……」と、とろけるような微笑みを返していた。
「……母上も父上の前では本当に……なんというか、隙だらけなんだ。あんなに理知的な父上が母上の薄紫色の髪を一房触るだけで、金色の瞳が獲物を狙う獣みたいに変わるのを見るのは息子として少し……複雑だよ」
セイジュはぽんと僕の肩を叩いた。
「いいじゃないか。不仲で冷めきった貴族の家庭なんて五万とあるんだ。君の家みたいに子供が八人もいて、それでもなお新婚みたいに熱い両親なんて、王国の宝だよ」
「……まあ、母上が幸せそうだからいいんだけどね」
僕は少しだけ表情を緩め、窓の外を眺めた。
ふと、自らの指先を見つめる。
自分の中に流れる、父・レインハルトの強大な魔力。
そして母・シャルロットの美しさを尊ぶ繊細な感性。
「……セイジュ。僕もいつか、あんなふうに『この人なしでは息もできない』と思えるような女性に出会ったら……やっぱり父上みたいに、なりふり構わず独占したくなるのかな」
「おいおい、リオン。君までそうなったら、この国の女性たちは全滅だね」
僕たちは顔を見合わせて笑い合った。
僕は自分の悩みがいかに贅沢で、幸せなものであるかを再確認し、少しだけ誇らしい気持ちで午後の授業へと向かった。
僕の鞄の中には、父上から「賄賂」として渡された母上への愛が詰まった最高級の魔石が、静かに黄金の輝きを放っていた。




