番外編_美しき夫の罪と、針のむしろの夜会
王城で開かれた華やかな夜会。
まばゆいシャンデリアの光が降り注ぐ中、わたしはレインハルト様にしっかりと腰を抱かれながら、久しぶりのきらびやかな空気を楽しんでいました。
そこへ、「まあ、シャルロット夫人ではありませんか」と扇を片手に声をかけてきたのは、かつての学園の同級生だったご婦人たちでした。
「お久しぶりですわ。よろしければあちらのソファー席で少し積もるお話をいたしませんこと?」
彼女たちの誘いにわたしが「ええ、喜んで」と笑顔で頷こうとした瞬間、腰に回されたレインハルト様の腕が、逃がさないとばかりにぐんと強くなりました。
「……シャル。僕は、君から一秒たりとも離れたくないのだが」
「もう、レインハルト様ったら。あなたも他派閥の貴族の方々へご挨拶に回らなければならないでしょう?」
わたしが小声で宥めると、彼は金色の瞳をひどく不満げに細めました。
そして、わたしを誘いに来た夫人たちへ向けて(彼女たちが少し身震いするほどの)無言の圧をかけながらも、しぶしぶといった様子でわたしの手を離したのです。
「……すぐに迎えに行く。どうか、他の男にはその美しい笑顔を見せないでおくれ」
額に甘い口づけと共にそんな過保護すぎる念押しをされ、わたしは顔を赤くしながら夫人たちと共に壁際のソファー席へと移動しました。
彼女たちの夫たちもまた、それぞれ単独で挨拶回りに出ているようで、思いがけず会場の片隅でプチ同窓会が開かれることになったのです。
「ああ、本当にシャルロット夫人が羨ましいわ……。わたくしの夫は嫁いだ時から頭髪が寂しいうえに横に大きすぎてしまって」
席に着くなり、深く、重いため息をついたのは伯爵夫人の一人でした。
彼女は学生時代からレインハルト様に熱烈な憧れを抱いていましたが、最終的には一回り年上で、裕福な旦那様のもとへ嫁ぐことになったのです。
「公爵閣下は王都でも随一の美丈夫であらせられる上に、才徳兼備の貴公子として名高いではありませんか。聞けば、市井では王家を凌ぐほどの人気だとか。あのような完璧な殿方の愛を一身に受けるなんて、前世でどれほどの徳を積んだのかしら」
「えっ……?」
わたしは思わず目を丸くしてしまいました。
(レインハルト様って、市井で王家を凌ぐほど人気だったの……!?)
家では毎晩、甘い言葉でわたしをベッドに縫い留め、隙あらば首筋に顔を埋めてくる過保護な愛妻家の姿しか見ていないため、世間での彼の「完璧な貴公子」としての評判を、わたしはこの場で初めて知ることになったのです。
「でも幾人かの殿方が仰っていたのも頷けるわ。今のシャルロット夫人を見れば、閣下がお心を奪われるのも無理はないって」
「ええ、本当に。学生時代も可憐でしたけれど、今はもう……絶世の美女とお呼びしても差し支えないほどお美しくなられて」
ご婦人たちのフォローに、わたしは「まあ、買い被りすぎですわ」と恥ずかしくなって頬に手を当てました。
三つ子を出産して以来、レインハルト様が絶え間なく魔力を注ぎ込んでくださるせいか、髪はガラス細工のように乱反射し、肌も発光するように艶めいていると自分でも不思議に思っていたのです。
和やかな空気が流れたかと思った、その時でした。
トン、と扇の端で、冷たく肩を小突かれました。
「……本当に、理解できないわね」
氷のような声を出したのは、元公爵令嬢であり、現在は第四王子であるネイサン殿下に嫁いだブリジット夫人でした。
彼女は鋭い目でわたしを睨み下ろし、ふん、と鼻を鳴らします。
「我が家からは、ヴァルテンベルク家に何度も婚姻の申し入れをしていたのよ。それなのに、なぜ格下の侯爵家出身であるあなたが選ばれたのかしら。いくら少しばかり顔が良いからといって、身の程を知るべきですわ」
空気が一瞬で凍りつきました。
周囲の夫人たちも気まずそうに目を伏せてしまいます。
わたしは表向きは「恐れ入ります」と穏便な笑みを浮かべて首を垂れましたが、胸の奥はチクリと痛んでいました。
まるで、身分違いの恋だと周囲から冷ややかな目を向けられていた、学生時代に戻ってしまったかのようです。
この逃げ場のない針のむしろのような空間に、わたしはただただ息を潜めるしかありませんでした。
「おお、ブリジット。こんな所にいたのか」
そこへ恰幅の良い男性の声が響きました。
ブリジット夫人の夫である、第四王子のネイサン殿下です。
容姿は凡庸でありながら、「王子」という絶対的な地位だけでご令嬢たちから持て囃されてきたせいか、どこか横柄な空気を纏っていらっしゃいます。
そして、その少し後ろには、挨拶回りを終えたらしいレインハルト様の姿もありました。
「殿下。ちょうど、学生時代の友人と……」
ブリジット夫人が得意げに振り返ろうとしたその時、ネイサン殿下の視線が不意にわたしへと向けられました。
そして、そのままピタリと動きを止めてしまったのです。
「あ……!?」
殿下の目が大きく見開かれ、口が半開きになっています。
王子としての矜持すら忘れ、穴があくほどわたしを見つめ続けるその異様な様子に、ブリジット夫人が「で、殿下……?」と戸惑いの声を上げた瞬間。
――ズン。
空気が物理的な重さを持ったかのように圧迫されました。
夫の魔力圧です。
彼は氷点下の殺気を孕んだ金色の瞳でネイサン殿下とブリジット夫人を射殺さんばかりに睨みつけると、大股で歩み寄り、わたしの腰を強く、所有権を主張するように抱き寄せました。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、妻が少し疲れましたようなので。……失礼いたします、ネイサン殿下、そしてご婦人」
有無を言わさぬ冷徹な声。
まだ呆然としている殿下と、青ざめたブリジット夫人を残し、レインハルト様はわたしを庇うようにして足早にその場を離れました。
バルコニーへと続く廊下に出た途端、レインハルト様は深くため息をつき、わたしの耳元で囁きました。
「……君は本当に、無自覚に他者の嫉妬と欲望を掻き立ててしまうようだね。王族相手にまであんな顔をさせるとは。心配で、片時も目を離せやしないよ」
甘く、けれどひどく独占欲に濡れたその言葉を聞いて、わたしは全力で首を振りました。
「いいえ、違いますわ、レインハルト様!」
「なにが違うの」
「あぁ……、わたしの外見など……あなたが作り上げてくださった、あなただけのものですのに……。それに……」
「ん?……」
あんな風に、同性から理不尽な嫉妬の目を向けられ、針のむしろに座らされる原因。
それは間違いなく、才徳兼備で王家を凌ぐほど人気だという『格好良すぎる旦那様』のせいなのですから!
「あなたが美丈夫すぎるせいですのよ」
「はは。なんだい、それ。もう僕は三十になるのに」
「レインハルト様は実年齢よりも若々しく見えますわ」
「ふぅん? 君に言われるとなぁ……」
納得できない思いを抱えながらも彼に強く抱きしめられると、不思議とその不満も溶けていってしまうのが、悔しくも幸せなところなのでした。




