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43_知らないふり レインハルトside


 賑やかだった家族の夕食が終わり、ヴァルテンベルク公爵邸は深い夜の静寂に包まれていた。

 別室で泣き声を上げていた三つ子たちも、乳母たちの手によってすっかりと寝かしつけられ、邸には穏やかな寝息だけが満ちている。


 シャルもまた、久しぶりの夕食で少し疲れたのか、早々に寝室へと下がり眠りについていた。

 自室へ戻る子どもたちを見送りながら、僕は薄暗い廊下で一人、長男であるリオンの背中を静かに見つめていた。


 その背筋はピンと伸び、どこか張り詰めたような緊張感を漂わせている。

 夕食の席で、彼が僕に向けてきたあの探るような視線。

 禁書庫で僕が告げた「シャルは体が弱い」という誤魔化しを、リオンが完全に信じたわけではないことは百も承知だった。


 あの子は僕とシャルの血を色濃く受け継いでいる。

 僕譲りの鋭い魔力視と明晰な頭脳を持つ彼が、あの夜に見た凄惨な捕食の光景と僕の語る綺麗事が結びつかないことなど、とっくに気づいているはずだ。


 それでも、息子は僕をそれ以上追及しなかった。


 シャルに直接尋ねることもしないし、他の兄弟たちに触れ回ることもない。

 食卓では完璧に「何も知らない長男」としての役割を演じきっていた。


 それは決して、真実を知る勇気がないというような、子どもじみた弱さではない。

 賢いのだ。

 リオンは、僕という人間がどれほどシャルに執着しているかを本能で察知し、これ以上踏み込めば自分を含めたこの『家族』の形が完全に崩壊してしまうという、絶対的な境界線を正しく理解したのである。


 暗い廊下で、僕は自然と微かな笑みをこぼしていた。

 リオンという息子のことが、僕は心底愛おしい。


 僕やシャルを守ろうとするあの小さな正義感も、危ういほどの聡明さも、真実に肉薄しながらも家族の平穏のために「知らないふり」を選択できる思慮深さも。

 ――そのすべてが、僕によく似ている。


 本当に、僕とシャルの愛から生まれた、かけがえのない最高の子だ。

 彼が今後、ヴァルテンベルクの次期当主としてどれほど優秀に育っていくのか、父親として純粋な期待と喜びすら抱いている。


「……賢い子だ。本当に」


 静寂に溶けるような声で呟き、僕は踵を返して主寝室へと歩き出した。

 僕はリオンを、子どもたちを心から愛している。

 自分の命よりも大切なシャルの、その次に愛していると断言できる。


 ――だからこそ。


 歩を進めるごとに、僕の胸の奥底に横たわる、どろどろとした絶対的な冷酷さが鎌首をもたげる。


 それでいい。

 そのまま、何も知らないふりをしていなさい、リオン。


 君が賢く立ち回り、この美しい家族の輪を保ってくれる限り、僕は君に最高の父親としての愛情と、公爵家のすべての権力を惜しみなく与えよう。


 けれど。

 もし君が、その聡明さゆえに真実を暴き立て、それがシャルの心を傷つけることになったら。


 僕が築き上げたこの完璧な『黄金の檻』を壊し、シャルを僕から引き離そうとするのなら。


 たとえどれほど愛しい我が子であろうとも。


 ――僕はきっと、君を殺してしまうだろう。



 一切の躊躇いもなく、その首を落とすことができる。

 息子の死に絶望するシャルを慰め、すべての記憶を再び僕の甘い魔法で塗り潰し、永遠に僕だけの腕の中に閉じ込めるだろう。


 僕の愛情の階層は決して揺るがない。


 シャルロットという絶対的な女神の前では、子どもたちでさえもただの美しい装飾品に過ぎないのだから。


 主寝室の重厚な扉を静かに開けると、甘く柔らかな香りが僕を包み込んだ。

 ふかふかの天蓋付きベッドの中央で、僕の愛する妻が美しい薄紫色の髪を散らして静かな寝息を立てている。


 僕は音もなくベッドに近づき、その傍らに腰を下ろした。


「シャル……」


 死の淵から蘇り、すっかり血色を取り戻した頬に、僕の指先でそっと触れる。

 シャルロットは微かに身じろぎをして、安心しきったように僕の手のひらに頬をすり寄せてきた。

 その無防備で愛らしい仕草に胸の奥が甘く、ひどく熱く締め付けられる。


 燃やされた手紙。

 記憶を消され、生涯に渡る渇望の呪いをかけられた騎士。

 そして、真実に肉薄しながらも口を噤む我が子。


 この温かく優しい日常の底には数え切れないほどの犠牲と、嘘と、昏い狂気が沈んでいる。


 僕の規格外な魔力と冷酷さの上にだけ成り立つ、薄氷の上の楽園。


 だからこそ、この楽園は誰の目にも触れさせない。


 誰にも壊させない。


(誰も気づかないで)


(……僕たちの幸福が、どれほどのものを沈めて成り立っているのか)


 僕は彼女の丸い額に、誓いのように深い口づけを落とした。

 与えられた偽りの安寧の中で、彼女はひどく穏やかな寝顔を見せている。



 この美しく、温かく、決して出ることのできない幸福な檻の中で。




 どうか君だけは。


 


 永遠に何も知らずに僕の腕の中で眠っていておくれ。











【第四部 =完=】





黄金の檻、第四部完走ありがとうございました!

続けてエピローグ、番外編の公開となっています。


シリーズ最後の章である第五部の公開は8月半ば以降を予定しています。

第一部からのすべての伏線回収の集大成、最終章になります。

また詳細決まり次第活動報告にてご連絡させていただきます。

最新情報はXにて発信中。

「雪白めると」名義にて、黄金の檻本編のアニメ化動画やイメージソングなどをYouTubeでも公開しています。


ブクマや★などで応援していただけますと嬉しいです。

それでは、引き続き執筆の方頑張って続けていきたいと思います。

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冷淡ヒーローの“我慢”が限界に近づいていく、 すれ違いから始まる異世界執着愛。
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