24_溺れていく忠誠 ライゼンside
幾度、あの薄暗い主寝室の扉を開け、彼女と罪深い肌を重ね合わせただろうか。
夜の帳が下りるたび、私は花蜜に吸い寄せられる蜂のように、シャルロット夫人の部屋へと足を運び、その華奢な身体を腕の中に閉じ込めていた。
彼女と深く繋がるたびに、自身の内側からごっそりと魔力と生命力が削り取られ、彼女の体内へと流れ込んでいく奇妙な感覚がある。
それは間違いなく己の命をすり減らす恐ろしい行為であるはずなのに、今の私にとって、それすらもが彼女に必要とされているという極上の喜びに変換されていた。
彼女は私を求めている。
私から与えられる熱を貪り、甘く艶やかな声で泣きながら、その美しい腕を私の首に絡ませてくるのだ。
かつて私の胸の中に確固として存在していたレインハルト閣下への絶対的な忠誠心は、日を追うごとに、どろどろと煮え滾る嫉妬と情欲の炎に焼き尽くされようとしていた。
――私が閣下を裏切ったのではない。
これほどまでに美しく、そして脆く寂しがりやな妻を、たった一人で暗い部屋に放置しているあの男が悪いのだ。
己の狂気を正当化する甘い言い訳が、脳髄の奥底にまで深く根を張り巡らせていく。
戦時下で通信が乱れたとはいえ、閣下の手紙が遅れに遅れたころから歯車は狂いだした。
――もし私が彼女の夫であったなら、決してあんなふうに孤独な涙を流させたりはしない。
この命のすべてを懸けて彼女だけを愛し、その笑顔を守り抜いてみせるのに。
正義が完全に堕落し、私の心はシャルロット夫人という甘い猛毒にどっぷりと浸かりきっていた。
その夜も、私は抗いがたい引力に引き寄せられるように、彼女のベッドの傍らに腰を下ろしていた。
シーツを胸元まできつく引き寄せ、怯えたように震える彼女の薄紫色の髪を、指先でそっと梳き下ろす。
彼女は私の手が触れるたびにビクッと肩を震わせ、大粒の涙を瞳に浮かべて首を横に振った。
「やっぱり……もう、こんなこと……っ。わたしは、レインハルト様の妻なのに……っ」
泣き咽びながら必死に拒絶の言葉を口にする彼女の姿は、どうしようもなく庇護欲と、そして男としての歪な加虐心を煽り立てた。
口では夫への貞節を口にしながらも、彼女の身体はすでに私を受け入れているではないか。
「奥様は、私を拒みきれないのでしょう」
私は彼女の涙を指ですくい取りながら、ひどく熱を帯びた声で直接的な愛の言葉を吐き出した。
「いやっ……違うの、わたしは……っ」
「嘘はいけません。あなたの身体は、こんなにも私を求めて熱くなっている。……私は、あなたを愛してしまいそうです。……いえ、もうすでに私は……」
「……ッ!」
愛しているという言葉を聞いた瞬間、彼女は雷に打たれたように目を見開き、恐怖と罪悪感に顔を歪ませた。
その反応すらも、私には愛おしくてたまらない。
彼女は、夫への不義理と私への抑えきれない情欲の間で、必死に揺れ動いているのだと信じて疑わなかった。
「泣かないでください、シャルロット様。……閣下がいなければ、あなたは私を選ぶのではありませんか」
「――やめて! そんな恐ろしいこと、言わないで……っ!」
彼女は両耳を塞ぎ、私の言葉から逃れるようにシーツの奥へと顔を埋めてしまった。
その背中はひどく小さく、小刻みに震え続けている。
「レインハルト様……っ……! ……あなたのお手紙を、わたし、ずっとお待ちしておりますのよ……っ」
嗚咽に混じって漏れ出したその哀れな懇願が、私の胸の奥で燻っていた嫉妬の炎に、爆発的な油を注ぎ込んだ。
これほどまでに私が愛を注ぎ、その孤独を癒やしてあげているというのに。
彼女の心はまだ、遠く離れた戦場にいるあの冷酷な魔導師の手紙という、ただの紙切れにすがりついているのだ。
私という現実の温もりよりも、あの男の幻影を待っている。
その事実が、腸が煮えくり返るほどに許せなかった。
私はギリッと奥歯を噛み締め、彼女をベッドに残したまま、逃げるように主寝室を後にした。
薄暗い廊下を歩きながら、荒くなる呼吸を必死に整える。
彼女の心を完全にこちらへ向けさせるには、どうすればいいのか。
あの男との繋がりをすべて断ち切ってしまわなければならない。
そんな暗い情念を抱えながら本館へ続く渡り廊下を歩いていると、本館のホールにいた執事と出くわした。
「おお、ライゼン殿。ちょうど良いところに」
執事の手には、銀の盆に乗せられた一通の真新しい手紙が握られていた。
最上級の羊皮紙に、ヴァルテンベルク公爵家と王家の紋章が刻まれた赤い封蝋。
「先ほど前線から早馬で三通目のお便りが届きましたぞ。奥様はまだお加減が優れないご様子。すぐにでも、あなたからお渡し願えませんかな」
「……ええ。承知いたしました」
私は努めて冷静な声を取り繕い、その手紙を受け取った。
執事が一礼して業務へと戻っていくのを見送った後、私は手にした手紙を強く、ひどく強く握りしめた。
羊皮紙がメシャリと無惨な音を立てて歪む。
私はそのまま別館の小サロンへと向かい、鎮火されている暖炉の前に立った。
軍服の胸ポケットから、以前執事から預かったまま隠し持っていた、二通目の手紙を取り出す。
今届いたばかりの三通目の手紙と合わせ、二つの赤い封蝋が月光を反射して不気味に赤く光っていた。
(彼女はこの手紙を、身を焦がすように待ちわびているのだ)
これが彼女の手に渡れば、彼女は再びあの男の虚像にすがりつき、私から心が離れていってしまうかもしれない。
手紙の内容が何であろうと関係ない。
レインハルト閣下から彼女へ向けて何かが届くという、その事実そのものが憎くてたまらなかった。
「……奥様を泣かせるような男に、彼女を縛り付ける資格などない」
私は無表情のまま、手にした二通の手紙を暖炉の中へ投じ、無造作に炎魔法で着火した。
パチパチと音を立てて、最上級の羊皮紙が黒く焦げ、瞬く間に炎に包まれていく。
赤い封蝋がドロドロと溶け落ち、灰となって崩れ去っていく様を、私はどこか冷え切った心で最後まで見届けていた。
これでいい。
これで彼女は、永遠に夫からの返事を待ち続ける哀れな小鳥となる。
そして、身を切るような寂しい暗闇の中で絶望し、最後には私という唯一の光に、その身も心もすべて委ねるしかなくなるのだ。
暖炉の炎に照らされた私の顔には、かつての誠実な騎士の面影など微塵も残っていなかった。
燃え尽きた灰の匂いが立ち込めるサロンで、私はただ一人、狂気に満ちた歪な微笑みを浮かべていた。




