11_血塗られた系譜
「レ、レインハルト……さま……?」
わたしがその名を呼んだ瞬間、彼は深々と、重苦しい溜息を吐きました。
次の瞬間、彼の黄金の瞳がゆらりと禍々しいまでの金色に発光します。
周囲の圧力が急上昇し、空気が震え、枯れ葉がパチパチと音を立てて爆ぜました。
「……はぁ……無事で良かった。……あんなに忠告したのに……まさか僕以外の男に、その香りを振りまくために逃げ出したのかい?」
声は静かなのに、怒りだけが刃のように研ぎ澄まされていました。
彼の周囲で魔力が渦を巻き、街灯の火が一瞬、怯えたように揺らぎます。
「だ、誰だよアンタ……っ!」
男のひとりが虚勢を張った瞬間。
レインハルト様は指先を僅かに払っただけでした。
――ドン、と。
衝撃が空気を押し潰し、男たちは悲鳴を上げる間もなく路地の外へ弾き飛ばされました。
壁に叩きつけられ、転がり、呻き声を漏らしながら動きを止める。
凄まじい衝撃に路地の壁がひび割れ、凄惨な音が夜の静寂を切り裂いていきました。
「ひ……っ!」
背筋を凍りつかせ震えるわたしの前に、レインハルト様がゆっくりと歩み寄ってきます。
彼の一歩ごとに石畳が凍りつき、魔圧で空気が重く軋み、ミシミシと嫌な音を立ててひび割れていく。
「……ふ。素晴らしく甘く、果実のような香りじゃないか、シャルロット?」
レインハルト様はわずかに口の端を上げ、目を細めながら吐き出すようにこぼしました。
彼は、ガタガタと震えるわたしの顎を強引に掬い上げます。
その指先は、以前の冷たさとは対照的に、火傷しそうなほど熱を帯びていました。
「僕が、どれほどの思いで……君を壊さないよう、自分を殺して耐えてきたか。……それを君は、こんな場所で、こんな連中に………」
「あ……ぅ、ちが、……ちがいます……っ」
「いいや、違わない。……もう、僕の負けだよ、シャルロット。君の勝ちだ」
彼は狂気すら孕んだ、けれどどこか酷く悲しげな微笑を浮かべました。
その言葉の「勝ち」が何を意味するのか、わたしには理解できませんでした。
ただ、彼の声が――崩れそうで。
怒りの奥にあるものが、あまりに切実で。
レインハルト様は一歩、距離を詰め、乱れたわたしの髪を撫でました。
その仕草だけは、ひどく優しい。
なのに瞳だけが、昏い光を宿したまま。
「――さあ、そろそろ自覚する頃合いだ」
「な、何を……」
禍々しいまでに発光する彼の黄金の瞳が、見たこともないほどに激しく揺らぎ、昏い愉悦と苦悩に濁っていました。
――怖い。
けれど、それ以上にわたしの身体の奥が……彼を求めていたのです。
レインハルト様は苦しげに眉を寄せ、こめかみに指を当てました。
まるで頭の中で暴れる何かを押さえ込むように。
「……っ、はぁ、はぁ……っ、う、ぐ……。……淫魔の末裔の血を引く、二百年ぶりに生まれたエリュシオン家の子女よ」
その一言で、胸の奥が凍りつきました。
「……うそ……」
嘘です。
そんなはずがありません。
お父様もお母様も、優しくて少し不器用な、ただの人間です。
エリュシオン家は由緒ある家柄ですが、そんな悍ましい血筋の話など、これまでの人生で一度も聞いたことがありません。
「何かの間違いです……!」
「嘘じゃない。……本来なら、伝承通りなら……僕は君を、殺さなければならない」
「っ……!? レ、レインハルトさま……や、やめて……何を、言ってらっしゃるの……っ」
恐怖が喉を塞ぎ、息が詰まる。
けれど――彼の声は、断罪者のそれではありませんでした。
むしろ、泣き出しそうに歪んでいる。
「……先代のリリスは……、その色香で、国ひとつを……滅ぼした。……その亡国を吸収して、我が国は……大陸一の国土を誇るようになったんだ……」
「……そ、そんな……知らない……、知らなかったわ……。わたしが、その、末裔なのですか……っ……」
「……ふっ、戦争のことは授業でも習ったろう? もっとも、傾国の理由が一人の女だったなどとは、教科書に載るはずもないが……」
初めて聞く、血塗られた一族の真実。
あんなに毎日毎日、彼が特別書庫に引き籠もって難解な古文書を読みふけっていたのは魔法の研究のためなどではなかったのです。
わたしという存在の正体と、この恐るべき事実を突き止めるためだったのだと、ようやく理解しました。
「…………シャルロット……、僕は……」




